フジーネ城
(Grad Fužine)
 別称  : フジンスキ城、カルテンブルン城
 分類  : 平城
 築城者: 不明
 交通  : リュブリャナ駅からバスに乗り
      「FUŽINE」下車徒歩5分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           1528~57年の間に、リュブリャナ市長を務めたファイト・キスルによって普請が始められ、
          その子ヨハンの代に完成した。当時の地名はカルテンブルン(Kaltenbrunn)で、ヨハンは
          1590年に神聖ローマ皇帝ルドルフ2世からフライヘル・フォン・カルテンブルンに叙爵された
          ことから、城館もカルテンブルン城と呼ばれた。
           キスル家は製鉄所や製粉所などを経営しており、城の前でリュブリャニツァ川を堰き止め、
          それらの動力としていた。フジーネとはスロベニア語で製鉄所を意味し、今日のスロベニア
          において、かつてのカルテンブルン一帯の地名となっている。
           城と所領は1583年にエッゲンベルク家に売却され、その後トリエステのイエズス会に譲渡
          された。1733年に同会が廃止されると、1825年まで公有地とされた後に、テルピンツ家や
          バウムガルトナー家の所有となった。
           第二次世界大戦中にはイタリア軍が駐屯し、戦後は労働者向け住宅として利用された。
          1979年に博物館として引き継がれ、今日に至っている。


       <手記>
           フジーネ城はリュブリャナの中心部から、リュブリャニツァ川を5kmほど下ったところにあり
          ます。自転車があれば、旧市街から川沿いのサイクリングを楽しむのもよいでしょう。
           ルネサンス様式の城館で、立地的には日本でいう崖端の城に相当します。河川側を除く
          3辺に空堀が巡っており、名称も城(grad)ではありますが、実態はほぼ宮殿です。内部は
          芸術と建築の博物館となっていて、中庭までは入りましたが入館はしませんでした。
           城の背後を流れる川には、水流を動力としていたころの名残と思われる堰が設けられて
          います。ちなみにカルテンブルンとは冷たい泉の意で、城名を直訳するなら「冷泉城」となり
          ます。冷泉家といえば日本の公家として有名ですが、城名に用いられた例はなく、なんだか
          カッコいいですね。

           
 東辺の空堀。
北辺の空堀と北西隅の円塔。 
 北辺の堀底。
西辺の空堀。 
 郭内のようす。
城の背後を流れるリュブリャニツァ川。 


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