| グリューンヴァルト城 ( Burg Grünwald ) |
|
| 別称 : デルボルフィング城 | |
| 分類 : 平城(Höhenburg) | |
| 築城者: 不明 | |
| 交通 : ミュンヘン市電「Grünwald, Derbolfinger Platz」下車徒歩5分 |
|
| 地図 : Google マップ | |
<沿革> 発掘調査の結果からは、10世紀初めにはデルボルフィングと呼ばれていたこの地に城砦が 築かれていたと推定されているが、詳細は不明である。12世紀にはアンデクス伯家に属し、 同世紀後半には城主として、同家の家士トラーゲボト・ツィルケ・フォン・デルボルフィングの名 が見られる。ツィルケ家のもと、基本的な縄張りはそのままに、城塔の建て替えなど増改築が 加えられた。 13世紀に入ると、城主は同じくアンデクス伯の家士であるフェレンベルク家へと移り、モット・ アンド・ベイリーの古式な城塔は居館建築へと改修された。1272年、ヴィッテルスバッハ家の バイエルン公ルートヴィヒ2世(厳格公)はフライジング司教からデルボルフィングを封土として 授与され、ウルリッヒ・フォン・フェレンベルクから城を獲得したとされる。ただしアンデクス伯家 は1248年に断絶しており、厳格公の父オットー2世の代に、城は既にヴィッテルスバッハ家の 手に渡っていたともいわれる。 いずれにせよ、バイエルン公によって城の宮殿化が大きく進められ、門前には役所棟も建設 された。また、このころにグリューンヴァルトの城名および地名が付けられたとされる。城には ハプスブルク家のドイツ王ルドルフ1世の娘でルートヴィヒ2世の3番目の妻であるマティルデが 居住し、その後はグリューンヴァルト(緑の森の意)の名の通り、別荘や狩猟館として使われる ようになった。1392年にはバイエルン公ヨハン2世と妾の子ヨハネス・グリューンヴァルダーが この城で生まれ、後にフライジング司教(ヨハネス3世)となっている。 イーザル川側の斜面は時代と共に崩落が進行し、1467年から1487年にかけて城域を縮小 したうえで、後期ゴシック様式で最後の改修が行われた。完成した1487年には、バイエルン公 アルブレヒト4世と神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の娘クニグンデが婚礼を挙げている。 17世紀後半にニンフェンブルク城などの豪華な宮殿が新たに築かれると、グリューンヴァルト の城館はほとんど顧みられなくなった。1698年には牢獄に転用され、1798年からは火薬庫や 弾薬庫としても使われるようになったといわれる。 1879年、ついに城は民間に払い下げられ、彫刻家パウル・ツァイラーが購入し、城塔などが 修復ないし新造された。1976年には、市民運動を受けてバイエルン州が民間業者から城館を 買い上げ、大規模な改修工事を施した後、1979年から史跡および博物館として公開している。 <手記> グリューンヴァルトはミュンヘン旧市街からイーザル川を10kmほど遡ったところにあります。 最寄りのトラム電停は終点のうえ、崖端城なので登りもなく、初見でも行きやすい城館といえ ます。本当に日本の崖端城と同じ造りで、河岸の角を利用し、¬字に空堀を設けた平城です。 現在の建物はややメルヘンに寄っている感じで、中世城館らしさはいささか損なわれている ように見えます。 私が訪れたとき、閉館までは4、50分あったと思うのですが、「塔はカギを閉めちゃったから、 ミュージアムの方なら入れるよ」とのことでした。いかにドイツ人が勤勉で日本人に近いとは いっても、そこはやはりヨーロッパですね笑 というわけで、仕方なくという感じで博物館だけ入ったのですが、ここで嬉しい誤算が!館内 の展示があまりにも充実していて、ヨーロッパの城の基本からミュンヘン周辺のマニアックな 古城址まで、とても丁寧に説明されていました。逆に1時間ではまったく足りず、後半の中世の 生活や戦いに関する展示は駆け足でほとんど見られなかったほどです。建物自体はそれほど 魅力的には映りませんでしたが、この展示を改めてじっくり見学するためだけに、もう一度訪城 したいと思うくらいでした。 ちなみに、田中芳樹さんの『銀河英雄伝説』に登場する主人公ラインハルトの姉アンネローゼ はグリューネワルト伯爵夫人の称号を与えられていますが、おそらく綴りはグリューンヴァルト nを加えた"Grünewald"と思われ、作中のドイツ語にしたがえば「グリューネヴァルト」と発音する のが正しいでしょう。田中氏がこの城を知っていたとはちょっと考えにくいですが、ひとつの奇縁 といえるかもしれません。 |
|
| イーザル川に架かるグリューンヴァルダー橋から グリューンヴァルト城を望む。 |
|
| 東辺の空堀と城内の建物および城壁。 | |
| 同上。 | |
| 北東隅の小さな城塔。 | |
| 郭内のようす。 | |
| 現状での主塔を見上げる。 遺構かは不明です。 |
|
| ミュージアムのジオラマ。 | |
| 初期グリューンヴァルト城の縄張り図。 | |
| ヨーロッパの城の形式についての模式ジオラマ。 | |
| 門前の役所棟跡に建つ、その名も「古城ホテル・グリューンヴァルト」。 | |