| イーベルク城 (Burg Iberg) |
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| 別称 : イーブルク城、クラフツベルク城 | |
| 分類 : 山城(Höhenburg) | |
| 築城者: ハインリヒ・ド・イーベルクか | |
| 交通 : ヴァットヴィル駅から徒歩20分 | |
| 地図 :(Google マップ) | |
<沿革> 1228年に、ザンクト・ガレン修道院に奉職するイーベルク家が登場しており、1240年ごろ までに、ヴァットヴィル周辺の修道院の所領や財産を監督する目的で築かれたと推測され ている。城名は、Eiben(イチイ)で覆われた丘という意の「アイベンベルク」という耕牧地名 から採られたとみられている。 1249年、イーベルク城はトッゲンブルク伯クラフト1世に攻略された。クラフト1世は城名を 自らにちなんだクラフツベルク城に改めたものの、修道院長ベルヒトルト・フォン・ファルケン シュタインが対の城として1253年にベーレンフェルス城を築くと、1255年にイーベルク城を 奪回した。ベーレンフェルス城については、どこにあったのか今なお明らかでない。 イーベルク城には歴代のザンクト・ガレン修道院長がしばしば滞在したとされる。1288年 にドイツ王ルドルフ1世がコンラート・フォン・グンデルフィンゲンを修道院長に任命すると、 前修道院長のヴィルヘルム・フォン・モーントフォルトが反発して抗争が始まった。1290年、 コンラートはイーベルク城やアルトトッゲンブルク城を攻め落としたが、1291年にルドルフ 1世が薨去すると後ろ盾を失い、失脚して翌1292年に城をヴィルヘルムに返還した。 15世紀初頭、ザンクト・ガレン修道院とアッペンツェル市の争いがアッペンツェル戦争に 発展すると、イーベルク城は1405年にアッペンツェル市らを中心とする「越湖同盟(Bund ob dem See)」によって占領・破壊された。1408年、ブレゲンツの和議で同盟が解散する と、イーベルク城も修道院に返還され、ほどなく再興されたとされる。その後は代官が派遣 され、1420年の文書では、日中は3人、夜は4人の衛士を配置するよう定められている。 18世紀初めごろ、当時の修道院長レオデガー・ビュルギッサーが城下のヴァットヴィルの 住民に道普請を命じたところ、そのほとんどが改革派に転向していたこともあり強い反発を 招いた。1710年に蜂起した住民がイーベルク城を制圧し、1712年にはカトリック対プロテス タントのトッゲンブルク戦争へと発展した。紛争はプロテスタント側の勝利に終わったが、 1718年にバーデンの和約が結ばれ、城は修道院に返還された。しかし、修道院は城館を 廃して家臣に貸し与え、彼らは宿屋を営んだとされる。 1805年に世俗領主権をもつ機構としてのザンクト・ガレン修道院が解体されると、城は 民間に払い下げられた。1835年には、城を救貧院に供するという提案がヴァットヴィル市 に却下されたことに憤慨したヤーコプ・シュヴァンダーという工場主によって、屋根と骨組み がすべて取り払われるという事件が起きた。これによって城の荒廃が一気に加速したが、 個人所有ということから修復はなかなか行われなかった。1901~02年にかけてようやく、 主塔などの建物が修築され、観光施設としての利用が可能になった。直近では、2011年 に大規模な改修工事が実施されている。 <手記> ヴァットヴィルはチューリッヒ湖とザンクト・ガレンの間に延びるトッゲンブルク地方の中心 都市で、その旧市街をトゥール川の対岸に見下ろす丘上にイーベルク城があります。駅裏 から歩いて20分ほどで辿り着くことができ、城内や主塔は無料で公開されています。 南東辺を除く主郭の三方には空堀が巡っていますが、堀切兼通路となっている北東辺を 除く2辺は藪に埋もれています。かつてはぐるっと一周できた感じなのですが、いずくの国も このあたりは同じなんですね。堀切の北東側には削り残しの峰先部があり、副郭として用い られていたのではないかと推察されます。 主塔は居住棟も兼ねていたようですが、薄暗く寒々しく、とても住みたいとは思えません。 最上階の一つ下に懸造状のテラスがあり、トゥール川沿いの景色が楽しめるものの、木製 なのでいささか不安にも感じて長居はできませんでした^^;主塔に付属する高い城壁の上 も歩くことができて、こちらもなかなかスリリングです笑 それにしても、ザンクト・ガレン修道院という強権者の持ち城だったためか、15世紀の初め から18世紀初頭までの約300年に亘り、戦闘も抵当も経験していない平穏な歴史を歩んで きたというのは興味深いように思います。 |
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| ヴァットヴィルの街から主塔を望む。 | |
| 北東辺の空堀(堀切)。 | |
| 北西辺の空堀。 | |
| 大手門。 | |
| 郭内のようす。 | |
| 郭内から主塔を見上げる。 | |
| 主塔内部のようす。 | |
| 主塔上階のテラスから南東方向の眺望。 | |
| 同じく北方の眺望。 | |
| テラスから郭内を見下ろす。 | |
| 同上。 | |
| 主塔に付属する高い城壁。 | |
| 城壁上から主塔上階部を望む。 | |
| 堀切を挟んだ北東側の小ピーク。 副郭跡か。 |
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