| ケゼルスベール城 ( Château de Kaysersberg ) |
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| 別称 : カイザースベルク城 | |
| 分類 : 山城(Höhenburg) | |
| 築城者: アルビン・ヴェルフェリンか | |
| 交通 : コルマール駅からバスに乗り、 「ケゼルスベール」下車徒歩10分 |
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| 地図 :(Google マップ) | |
<沿革> 1227年、皇帝フリードリヒ2世の嫡子であるハインリヒ(7世)が、コンラート・フォン・ホルブルクと アンセルム・フォン・ラッポルトシュタインから銀250マルクという高額でカイザースベルクの土地を 購入したとするのが史料上の初出とされる。当時、丘には帝国の直臣アルビン・ヴェルフェリンが 土地の所有者でないにも関わらず勝手に築いた城が建設中であったか、完成して間もない状態 であったと考えられている。ハインリヒはコルマールからディードルスハウゼン(現在のル・ボノム) の峠を越えてロートリンゲン(ロレーヌ)へ通じる街道の掌握を急いでいたとみられている。 城は皇帝の丘を意味するカイザースベルク城と名付けられた。麓には、町の前身となる40人の 騎士を収容できる根古屋も建設された。しかし、ハインリヒはドイツ王であったが父とは不仲で、 1234年に反乱を起こしたものの諸侯が同調せず、降伏して幽閉された後、1242年に護送される 途中で転落死した。そのためハインリヒ自身は皇帝には即位していない。 フリードリヒ2世はローマ教皇と断続的に対立を続けており、1246年にはストラスブール司教 ハインリヒ3世・フォン・シュターレックがカイザースベルクを包囲した。翌1247年になっても陥落 しなかったが、破門の脅迫を受けてついに開城した。翌年には、同じ教皇派のロートリンゲン公 マトイス2世が城と町を占領している。1253年、カイザースベルクはにホラント伯ウィレム2世に 引き渡された。 ウィレム2世はフリードリヒ2世の次男である皇帝コンラート4世の対立王であったが、コンラート 4世が1254年に没すると、唯一のローマ王となった。しかし、1256年に遠征の帰路で溺死すると、 ローマ王のいない大空位時代に突入する。王権が弱まったことを受けて、ストラスブール司教と ストラスブール市の間でカイザースベルクを巡る争いが生じ、1261年に司教ヴァルター・フォン・ ゲロルトゼックが手中に収めた。だが、同年中にルドルフ・フォン・ハプスブルクが城を占領し、 ルドルフが1273年にドイツ王となると、カイザースベルクは再びカイザー(皇帝)の手に戻った。 この間、ルドルフは城を総石造に改修したとされる。 1293年、カイザースベルクは帝国自由都市に昇格した。1330年、皇帝ルートヴィヒ4世は城と 町をボヘミア王ヨハン・フォン・ルクセンブルクの抵当に入れたが、1336年にハプスブルク家の 意を受けた在地代官がカイザースベルク城を包囲し、奪い返した。城は14世紀中に何度か拡張 されている。 百年戦争末期の1444年、カイザースベルク城はアルマニャック派の猛攻に晒されたが、耐え 抜いた。しかし、城は大きく荒廃し、下の城と呼ばれる下方の曲輪群は15世紀中に放棄された と考えられている。それまで、主郭部へは下の城(ウンターブルク)からしか入れなかったが、 主郭東辺に新たな城門が設けられた。 1525年の農民戦争に際してカイザースベルク城も反乱軍に攻められ、数時間の砲撃の後に 降伏した。1583年には近代戦に対応できるよう要塞化され、三十年戦争中の1635年と1636年 に包囲されたものの、やはり持ち堪えている。しかし、城砦は大きく破壊され、1648年にヴェスト ファーレン条約が締結されたころには廃墟と化していた。城跡はフランスの手に渡ったものの、 国王ルイ14世は再建を拒否したとされる。 1796年、城跡はフランス革命を経てフランツ・ヨーゼフ・ベックリン・フォン・ベックリンザウに 売却された。フランツは主塔を除く建物を撤去し、部分的に爆破してブドウ園を開いた。19世紀 中葉にアルザス歴史建造物保存協会へ管理が委託され、現在は2016年に合併して誕生した 新コミューン「ケゼルスベール=ヴィニョーブル」の所有となっている。 <手記> ケゼルスベールはコルマール北西の、ワイス川が平野部に出る喉口部に位置する小さな町 です。フランス語ではケゼルスベールと読みますが、上述の通り由来はドイツ語のカイザース ベルクで、当時もそのように呼ばれていたはずなので、記事内ではそちらを採用しました。 綺麗に修復・保存されている主塔がシンボリックで、屋上まで無料で登れます。もちろん眺め は素晴らしく、アルザスワインのブドウ畑が一面に広がる風景が楽しめます。主郭の尾根先は 数段のウンターブルクが続いていますが、上記の通りブドウ畑として爆破・開削されているうえ 今のところ立ち入りはできないようです。また埋められたのか堀が一切見られず、城跡としては いささか残念な保存状態のように思えました。 その代わりというわけでもないでしょうが、麓の旧市街には城塔や城壁、堀跡などが散在して います。町自体も中近世の趣が色濃く残っていて、ワイナリーや宿泊施設も少なくないようで、 私としては穴場の観光スポットとしてコルマールと合わせて訪れて損はないと思います。また、 後で調べて知ったのですが、ケゼルスベールはかのシュヴァイツァー博士の生地だそうです。 |
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| 旧市街から市壁越しに主塔を望む。 | |
| 市壁を裏側から。 | |
| 西辺の環状城壁。 | |
| 背後から主塔を見上げる。 | |
| 東辺の環状城壁と主郭入口。 | |
| 郭内側から見た主郭入口。 居住棟があったとみられています。 |
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| 主郭のようす。 | |
| 同上。 | |
| 主郭から主塔を見上げる。 | |
| 主塔屋上。 | |
| 主塔から下の城を俯瞰。 | |
| 主塔からの眺望。 左手奥の集落はキーンツハイム。 |
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| 旧市街西端の上手門塔。 | |
| 旧市街西辺の司祭塔。 | |
| 旧市街西辺の堀跡と城壁。 | |
| ケスラー塔。 | |
| 火薬塔または病院塔。 | |
| 泥棒の塔または魔女の塔。 | |
| 旧市街から主塔を望む。 | |
| 旧市街の中心部。 コンスタンティンの噴水前。 |
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| 聖十字架教会。 | |
| ワイス川と旧市街の街並み。 | |