ランゲンブルク宮
( Schloss Langenburg
 別称  : ランゲンベルク城
 分類  : 平山城(Spornburg)
 築城者: 不詳
 交通  : シュヴェービッシュ・ハル=ヘッセンタール駅
      またはクライルスハイム中央駅よりバス
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           1226年に、ランゲンベルク城(Langenberg/castrum)として史料に登場する。町の城砦として
          築かれたものと推測されるが、詳細は不明である。1234年に一度取り壊されたものの、翌年に
          再建された。正確な年は定かでないが、ゴットフリート・フォン・ホーエンローエが、神聖ローマ
          皇帝フリードリヒ2世からランゲンブルクを所領として与えられたとされる。フリードリヒ2世の在位
          期間は1220〜50なので、1234年の再建はゴットフリートによるものと思われるが確証はない。
           1568年にホーエンローエ=ノイエンシュタイン伯ルートヴィヒ・カーシミールが死去すると、遺領
          分配により次男ヴォルフガンク2世がランゲンブルクを領した。ヴォルフガンク2世は領内諸城館
          の改築を図り、ランゲンブルク城についても1575年から計画が練られたが、工事が開始された
          のは息子のフィリップ・エルンストの代の1610年であった。普請は1616年に完了し、フィリップは
          ランゲンブルクを居所としてホーエンローエ=ランゲンブルク家を興した。1756〜59年にかけて、
          さらにランゲンブルク宮はバロック調に改築された。
           1963年に火事によって大きく損傷したが、その後修復され、今日もホーエンローエ=ランゲン
          ブルク家の所有であり居所である。一部は、博物館やカフェ、式場として公開されている。


       <手記>
           ランゲンブルク宮は、今も旧伯爵家の住む貴族のお館です。しかし、ヤークスト川の谷に突き
          出した舌状の峰の先端という立地や、頸部を堀切で断ち切るという縄張りなどは、明らかにもと
          は城塞であった事実を物語っています。
           語学留学中のレクリエーションで訪れ、中に入ることはなかったのですが、城としての見どころ
          は宮殿手前の堀切近辺にあります。堀切自体が城の遺構として魅力的ですが、堀にかかる橋
          や左右の城壁&櫓も、宮殿のきらびやかなそれではなく、城塞の無骨で重厚なつくりとなって
          いて見ごたえがあります。
           交通の便は良くないのですが、観光バスが結構ひっきりなしに訪れています。おそらくは、今
          なお貴族が住み続けているという珍しさや、ホーエンローエ家の格式の高さによるものでしょう。
          詳しい婚姻関係はよく分かりませんが、当主フィリップ・ツー・ホーエンローエ=ランゲンブルクは
          英国王室と縁戚にあたり、イギリス国王位継承順位190位くらいにいるそうです。

           
 堀切越しに城壁と隅櫓を望む。
堀切のようす。 
 城から庭園越しにヤークスト川の谷を望む。


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