リュブリャナ城
(Ljubljanski grad)
 別称  : ライバッハ城
 分類  : 山城
 築城者: 不明
 交通  : リュブリャナ駅から徒歩20分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           東西および南北の街道が交わるリュブリャナには、紀元前1200年ごろには人々が居住し、
          城山には木柵などで囲まれた集落が営まれていたと考えられている。ただし、ローマ時代の
          城砦遺構は検出されておらず、軍事拠点としてはあまり重要視されていなかったとみられて
          いる。
           今日に繋がる城館の前身は、11世紀に築かれたと推測されている。史料上は、1144年に
          ケルンテン公シュパンハイム(シュポンハイム)家が入手したとするのが初出とされる。また
          ウーディネ大聖堂文書館に、リュブリャナ城周辺の農場をアクイレイア総大司教に寄贈した
          とする1161年の記録が収蔵されており、1110~20年代の出来事と推測されているが、確証
          はない。
           1270年、城はボヘミア王オタカル2世によって攻略されたが、1278年にハプスブルク家の
          ルドルフ1世がオタカル2世を敗死させて城を奪還した。リュブリャナ城は重要拠点として拡張
          され、城山および旧市街を包摂する城壁が築かれた。
           15世紀に入り、城は神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世によっていったん取り壊され、城壁や
          礼拝堂、そして大手の2つの城塔などが新しく建て直された。オスマン・トルコの脅威が迫る
          なか、17世紀にかけて建物の増築や近世要塞化が段階的に進められたとされる。
           1797年と1809年の二度にわたり、リュブリャナはフランスのナポレオン軍に占領され、兵舎
          や野戦病院として使用された。1815年のウィーン会議により、オーストリア帝国の領邦として
          イリュリア王国が成立すると、リュブリャナはその首都となったが、リュブリャナ城は刑務所と
          して利用された。1848年には、今もシンボルとして残る展望塔が設けられ、当初は火の見櫓
          として火災時やイベント時などに大砲が撃たれたとされる。
           その後も城は監獄として使われたが、居住環境や建物の保存などはほとんど顧みられず、
          次第に荒廃していった。1895年にはリュブリャナを大地震が襲い、街は大きな被害を受けた。
          翌年に市長に就任したイヴァン・フリバーは、復興に際して都市を新しく設計し、近代化を推し
          進めた。1905年にはリュブリャナ城を市の所有物として購入し、博物館として公開することを
          計画した。しかし、フリバーの在任下では実現せず、戦後までは低所得者向けの公共住宅と
          して利用された。
           1970年代に至って大規模な改修工事が始められ、現在ではリュブリャナを代表する観光
          スポットとして多くの旅行客が訪れている。


       <手記>
           リュブリャナは周知のとおりスロベニアの首都ですが、人口は30万人弱だそうで、都会の
          喧騒とは無縁の穏やかで文化的な中規模都市といった感じです。三方をリュブリャニツァ川
          が洗う細い峰の頂部に築かれ、日本でも間違いなく拠点城が置かれる立地といえます。
           しかしながら、リュブリャナ城の軍事・政治上の活躍は華々しいものとはいえず、戦後に
          現在の建物が整備されるまでは牢獄だの病院だの福祉住宅だの、散々な使われ方をして
          きているのは意外でした。現在は上述の通りリュブリャナの観光名所となっており、麓から
          ケーブルカーでも上がれますが、大した高さでもないので歩いて登るのがおすすめです。
           山頂の背後を堀切で断ち、曲輪の周囲にぐるっと建物を巡らした単郭の城で、防御塔や
          五角塔、火薬庫など重厚な防御設備もみられます。シンボルとなっている展望塔は、既存
          の聖ゲオルク礼拝堂の屋根上にやや無理やりな感じ生えているため、そこだけいかにも
          取って付けたようになっていていささか滑稽に見えます。
           展望塔の中階には城に関する解説シアターがあるのですが、これがとってもおすすめ!
          ダメ元で聞いてみたらなんと日本語ver.があり、しかも文章・発音ともにほぼネイティブで
          たいへん分かりやすく学べました。
           城山の後方には、近世に稜堡が展開していたようですが、モニュメント化された一部の
          広場を除いてすべて取り払われたようです。この辺なはずだけど…と公園内を歩き回り、
          たまたまいた方に聞いたところ、「ああ、そこだよ」と教えてくれましたが、彼らはそのまま
          脇のマンホールにするすると入っていってしまいました。経験上、こういった職業の方々は
          あまり史跡には興味がない感じなので、あっさりと教えてもらえたのが印象深かったです。
           リュブリャニツァ川沿いはとても爽やかな散策コースで、いくつかの橋は観光スポットにも
          なっています。私は、城山に登る前に川沿いのカフェでスロベニア料理のシュトゥルクリを
          堪能しました。

           
 竜の橋からリュブリャナ城を望む。
大手の堀と防御塔。 
 背後の堀切と五角塔。
南辺の建物群。 
 郭内のようす。
牢屋跡。 
 全体像模型。
城跡で飲むビールは最高だぜ! 
 火薬庫。
城内で最も古い遺構とされる井戸。 
 展望塔からリュブリャナ中心部を俯瞰。
城山西方の眺望。 
 郭内を俯瞰。
聖ゲオルク礼拝堂。 
 東辺の城壁とエラスムス塔。
西辺の城壁と展望塔。 
礼拝堂のお尻の上に生えています。 
 西辺外郭の城壁跡。
同上。 
 城山背部の稜堡跡。


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