依田氏屋敷(よだし)
 別称  : 依田出雲守居址
 分類  : 平城
 築城者: 依田出雲守か
 遺構  : なし
 交通  : 中部横断自動車道中富ICから車で5分


       <沿革>
           『甲斐国志』に「依田出雲守居址」とある。出雲守は隣接する円通寺の開基で、弘治二年
          (1552)に没したとされる。依田氏といえば、信濃国小県郡依田荘を本貫とし、後に武田氏に
          仕えた芦田信守・依田信蕃父子が知られる。武田晴信(信玄)が天文十一年(1542)に諏訪
          頼重を攻め滅ぼすと、信守は武田氏に臣従したとされ、出雲守はその一族であった可能性も
          考えられるが、確証はない。


       <手記>
           円通寺参道の南側の区画が依田氏屋敷跡とされています。西側は沢谷戸になっています
          が、とりたてて要害性は認められません。当該の区画は下草の繁る更地で、その先にある
          民家敷地との間は段差となっています。参道との間には空堀や土塁のような地形が見受け
          られますが、『日本城郭大系』には「土塁などの顕著な遺構はみられない」とあるので、寺に
          よる後世の造作なのでしょう。

           
 屋敷跡西辺下のようす。
依田氏の菩提寺の円通寺。 
 比定地現況。
円通寺参道脇の空堀状地形。 
遺構ではないようです。 
 同じく土塁状地形。


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