ネッカーエルツ館 (Tempelhaus Neckarelz) |
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別称 : エルツ城、テンペルハウス | |
分類 : 平城 | |
築城者: ヨハネ騎士団か | |
交通 : モスバッハ=ネッカーエルツ駅徒歩15分 | |
地図 :(Google マップ) | |
<沿革> もともとはエルツ城と呼ばれていたこの城が文献に登場するのは1300年のことで、 ヨハネ騎士団(後のマルタ騎士団)の根城の1つであった。正確な築城年代や、ヨハネ 騎士団が築いたのか、それともすでにあった城を取り立てたものかなど、それ以前の 歴史については不明である。 1350年、城はヒルシュホルン城主エンゲルハルト1世・フォン・ヒルシュホルンに売却 された。1422年の時点ではプファルツ=モスバッハ公オットー1世の所有となっており、 その子プファルツ=モスバッハ=ノイマルクト公オットー2世が1499年に死去すると、 遺領はプファルツ選帝侯フィリップに譲られた。その後は長らく貯蔵庫として使用され たが、1581年に、ハンス・アルブレヒト・アイゼンメンゲルによって「館(Tempelhaus)」 という呼称が初めて用いられたとされる。 プファルツ継承戦争が勃発した1688年、当地のカトリック教区が復活し、最初のミサ が館内の礼拝堂で行われた。1698年からはプロテスタントの教会を共同で利用して いたが、1707年から再びネッカーエルツ館の東半分と礼拝堂を使用するようになった。 1731年にプファルツ選帝侯によって完全に教会に作り替えられ、今日に至っている。 <手記> ネッカーエルツ館は、ネッカー川とエルツ川の合流点に発展したネッカーエルツの 旧市街西端付近に位置しています。北と西は両川の河岸、東と南は堀に囲まれ、 市街地側からみると、教会だけが町から切り離されてぽっかり浮いているような感じ になっています。 現在は普通の教会ですが、ぐるっと囲う空堀は立派なもので、城館であったころの 名残を十分みてとることができます。私は当初ここに城跡があるとは知らなかったの ですが、自転車で古城街道沿いにネッカーエルツの市街を走っていたところ「惣堀」の 看板を発見したので、軽い気持ちで寄り道しました。途中で案内はなくなってしまった ので、結局「惣堀」がどこかは分からなかったのですが、代わりに(?)堀に囲まれた 教会を発見し、「これは城跡だろう」と私の古城址レーダーがピンと反応した次第です。 後で調べてみるとやはりかつては城だったということで、古城街道沿いにありながら 地図にも載っていない穴場の城跡を発見できたものだと、ひとり悦に浸りました。 |
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外周の空堀。 | |
同上。 |