トストナー城(Tostner Burg)
 別称  : トスタース城
 分類  : 山城(Höhenburg)
 築城者: モーントフォルト伯
 交通  : フェルトキルヒ駅からバスに乗り、
      「トスタース・ブルクヴェーク」下車徒歩15分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           モーントフォルト伯フーゴー2世によって1260年ごろ築かれ、その一族が居住したとされる。
          1270年にルドルフ・フォン・ハプスブルクがフェルトキルヒシャッテンブルク城を攻囲すると、
          モーントフォルト伯ルドルフ2世は妻をより堅固なトストナー城へ避難させた。
           モーントフォルト伯家は多くの系統に分かれたことで知られ、1330年ごろにはフーゴー7世が
          トストナー(トスタース)を本貫として分家したものの、1359年に無嗣断絶した。城は本家筋の
          モーントフォルト=フェルトキルヒ伯ルドルフ5世が所有したが、1362年にフュルステンベルク伯
          に抵当として譲渡された。1390年までにはハプスブルク家が取得し、フェルトキルヒへ抵当に
          入れられている。
           1403年、アッペンツェルがザンクト・ガレン修道院からの独立を掲げてアッペンツェル戦争が
          勃発すると、フェルトキルヒはアッペンツェルなどの都市が中心となって結成された「越湖同盟
          (Bund ob dem See)」に加わった。他方でハプスブルク家は修道院を支援したため、フェルト
          キルヒ市民軍は1405年にトストナー城を制圧・破壊した。ただ、主塔だけは造りが頑強だった
          ため倒壊を免れ、城は戦後の1408年に、オーストリア公フリードリヒ4世によって再建された。
           しかし、戦争終結によってトストナー城は戦略的価値を失っていたため、1416年には改めて
          トッゲンブルク伯フリードリヒ7世に抵当として譲り渡され、1436年にフリードリヒ7世が没すると、
          再びフェルトキルヒ市の所有となった。
           16世紀初めに位置を変えて大手門が新造されたが、その後は多くの貴族の間で所有権を
          転々とする抵当の歴史を歩んだ。1616年以降は住む人もなく、城内は荒れるに任せていたと
          される。
           1914年、当時の所有者で、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であったフランツ・
          フェルディナントがサラエボで暗殺されると(サラエボ事件)、牧師のヨーゼフ・ホイスレ博士が
          城を取得した。博士は1935年にトストナー城をフェルトキルヒ郷土保護協会へ僅か1シリング
          で売却し(実際にはほぼ寄贈であったとみられる)、史跡として管理されるようになった。
           1938~39年にかけて主塔が修築され、1974~80年には全体的な補修・保全が行われ今日
          に至っている。


      <手記>
           現地の説明板ほかではトストナー城(Tostner Burg)となっているものの、地名は一貫して
          トスタース(Tosters)というようで、城名もトスタース城が正式とみられます。なぜトストナーの
          名称が生まれたのかは、調べても分かりませんでした。
           城は斜線状に延びる細峰上にあり、シャッテンブルク城からも丘越しに望むことができます。
          トスタースの集落側から登山ルートはいくつかあるようですが、登りは峰先側のトスタース・
          ブルクヴェークのカーブ付近からがオススメです。縄張り的にはこちらは搦手に当たるようで、
          行き着く先の虎口は副門(Nebenaingang)と呼ばれ、現地説明板には「逃走路か?」と付され
          ていました。
           トストナー城は建物のないブルクホーフが広いのが特徴の一つで、主塔や大手郭が南西端、
          宮殿が南東隅、そして礼拝堂が北東の副門脇と分散して建っています。また、主塔を除く建物
          の規模が比較的小さく、実戦を意識した構造のまま抵当の歴史へと移行したように見受けられ
          ます。とはいえ、当時の姿がうかがえるのは修復された主塔のみで、残念ながら公開はされて
          いないようでした。
           なお、広い郭内の草っぱらにはマダニが生息しているそうで、SFTS(重症熱性血小板減少
          症候群)に感染するおそれはないと思いますが、訪れる際は注意をしましょう。

           
 北西から主塔を望む。
シャッテンブルク城から主塔を望む。 
 尾根先端側からの登城路。
副門跡を見上げる。 
 副門跡(搦手口か)を城内側から。
郭内のようすと主塔。 
 副門脇の礼拝堂跡。
宮殿跡を望む。 
 同上。
主塔を見上げる。 
 主塔下の説明板。
主塔下から見た郭内のようす。 
 マダニ注意の看板。
主塔脇の旧大手郭二の門。 
 旧大手郭のようす。
旧大手門跡。 
 環状城壁。
新大手門。 
 大手門前からファドゥーツ方面の眺望。
新大手門と主塔。 
 大手門前から見た宮殿城壁。
南側から環状城壁と主塔を見上げる。 
 ティージスの街から主塔を望む。


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