ウーディネ城
(Castello di Udine)
 別称  : ヴァイデン城
 分類  : 平山城
 築城者: 不詳
 交通  : ウーディネ駅から徒歩20分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           983年に、神聖ローマ皇帝オットー2世がアクイレイア総大司教ロドアルドに"Utinum"の
          城砦を与えたとするのが、史料上の初出とされる。城山については、452年にアッティラが
          アクイレイアを攻めて焼き払った際、その様子を眺めるため兵士に命じて丘を築かせたと
          する伝説が残る。最近の科学的研究によると、人工の丘であることには間違いないが、
          作られたのはずっと古い3000~3500年前の青銅器時代と考えられている。
           1238年、アクイレイア総大司教は居所をウーディネ城に移した。同じころ、ウーディネの
          街は自由市と免税の特権を得て発展し、地域の重要な交易都市となった。1420年には
          ヴェネツィア共和国の支配下となり、1511年には内戦が発生した後、フリウリ地震により
          城と街は大きく破壊された。
           1517年、城跡にルネサンス様式の宮殿の建設が始められた。工事には50年を要し、
          ラファエロの弟子の一人であるジョヴァンニ・ダ・ウーディネも携わったとされる。その後、
          ウーディネは1797年にナポレオンが征服するまで、ヴェネツィア共和国内の「パトリア・
          デル・フリウリ」の中心都市として機能し、フリウリ公会議の会場となった。


      <手記>
           ウーディネはイタリアの北東部に位置する人口約10万人の都市です。ウーディネ城は
          その旧市街の中心部にあり、そこそこの高さと広さがあるのですが、これが先史時代に
          人の手で築かれた丘だというのだから驚きです。
           上述の通り城山にはルネサンス調の宮殿が建ち、その前は芝生の広場となっていて、
          城砦らしさはほとんど見られません。丘の周囲には、見えづらいものの城壁が取り巻き、
          南東麓にはマニン門があります。またウーディネ駅の北東には、最も新しく外側に構築
          された市壁のアクイレイア門も残り、フリウリ地方の中心都市の栄華を伝えています。
           ちなみに、ウーディネ駅にコインロッカーなどはなく、駅とアクイレイア門との間のバス
          ターミナルに荷物預かりサービスがあるというのですが、営業時間にもかかわらず無人
          で、ターミナル職員に訊いても ┐(¯д¯)┌ ってな感じで、結局バックパックの全荷物を
          背負って城山まで往復しました。

           
 城山のルネサンス宮殿。
同じく山頂にあるカフェの建物。 
遺構かは不明です。 
 宮殿前庭のようす。
城山からの眺望。 
 主郭入口。
マニン門。 
 北東麓から城山を見上げる。
城壁の残存箇所か。 
 城山を囲う城壁。
ウーディネのドゥオーモ。 
 アクイレイア門。


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