| ヴェローナ (Verona) |
|
| 別称 : なし | |
| 分類 : 都城 | |
| 築城者: 不明 | |
| 交通 : Verona Porta Nuova駅下車 | |
| 地図 :(Google マップ) | |
<沿革> ヴェローナには有史以前から集落が営まれ、ローマとははじめ同盟関係にあった。紀元前49年 までには共和制ローマの支配下に入り、ムニキピウム(自治都市)に認定された。同じころに最初 の城壁が整備されたとみられ、現存するボルサーリ門やレオーニ門は、その碑文によれば1世紀 に建て替えられたとされる。 多くの交易路が交わるヴェローナは急速に発展し、円形闘技場なども含めて市街は早々に城壁 の外へと拡大した。そのため、265年にガッリエヌス帝の命で新たな城壁が築かれた。このころ、 イタリア北部は北からの異民族の侵入に悩まされていたほか、しばしば内戦の舞台となっている。 312年にはルリキウス・ポンペイアヌスがヴェローナに籠城し、皇帝コンスタンティヌス1世軍に包囲 されて敗死した(ヴェローナの戦い)。 民族大移動下の402年、西ゴート族のアラリックがイタリアに攻め込み、やはりヴェローナに籠城 したが、翌年のヴェローナの戦いで西ローマ帝国の将軍スティリコに敗北した。しかし、452年には フン族の王アッティラが50万の軍勢を率いて侵攻し、ヴェローナを含む北イタリアの諸都市で略奪 をはたらいた。これを受けてローマ教皇レオ1世はアッティラと会見し、和平とイタリアからの撤退を 実現させた。 西ローマ皇帝は将軍オドアケルによって廃されたが、オドアケルも489年に東ローマ皇帝ゼノン の要請を受けた東ゴート王テオドリックにヴェローナ南東での野戦(ヴェローナの戦い)で敗れた。 493年にオドアケルを殺害したテオドリックは、王国の首都をラヴェンナに置いたが、ヴェローナも お気に入りの居城の一つとして再興した。 526年にテオドリックが死去すると、王位を巡って内紛が勃発し、東ローマ帝国の介入を招いた。 東ローマ軍がイタリア半島へと攻め入ると、ヴェローナは東ゴート勢の防衛拠点の一つとなった。 東ゴート王国は553年ないし555年に滅亡したが、東ゴート族はその後も抵抗を続け、ヴェローナは 561年に降伏したとされる。 568年、ランゴバルド族の王アルボインがイタリアへ侵攻し、ヴェローナを無血で占領したとされる。 アルボインはイタリア王を称し、ヴェローナを首都としたが、572年に後妻に殺害された。ちなみに、 アルボインはテオドリックの妹の曽孫にあたる。アルボインの後継者クレーフィも574年に暗殺され、 ランゴバルド王国は一時的に30以上の諸公による合議政体となった。この「諸公の時代」は584年 にアウタリウスが王に選出されて終わりを告げるが、この間にヴェローナの地位は低下し、首都は パヴィアへ移った。 ランゴバルド王国は約200年にわたり続いた。しかし、フランク王国のカール大帝に娘を嫁がせて いたデシデリウス王はローマ教皇に対し強圧的な態度を取り続け、教皇の要請を受けた大帝は、 妻を送り返して773年にイタリアへ攻め入った。迎撃に失敗したデシデリウスはパヴィアに籠城した が、翌774年に敗れて捕虜となった。デシデリウスの子アダルキスはヴェローナに逃れて籠城戦を を継続したが、同年中に敗れて逃亡した。これにより、ランゴバルド王国は完全に滅亡した。 781年、大帝の子ピピンがイタリア王に封じられ、ヴェローナが首都とされた。ピピンは街や城壁を 復興したものの、父に先立って810年にヴェローナで死去した。 887年にフランク王カール3世が廃されると、フリウリ辺境伯ベレンガーリオとスポレート公グイード が共にイタリア王を称して争った。898年にベレンガーリオが唯一のイタリア王に選出されたものの、 翌899年にはイタリアへ侵攻したマジャール人に敗れて多額の身代金を支払わされた。この失態を 受け、カール3世の養子ルイ3世が901年にローマ皇帝に選出されたが、ベレンガーリオは905年に ルイ3世を攻め降し、彼をヴェローナに幽閉して眼球を抉り失明させたとされる。 その後、ベレンガーリオは915年に皇帝にまで昇りつめたが、924年にヴェローナで暗殺された。 950~952年の間には、サンボニファチオ家によるヴェローナ辺境伯領が成立している。961年に、 ベレンガーリオ(1世)の子のイタリア王ベレンガーリオ2世が東フランク王オットー1世に廃位されて 神聖ローマ帝国の下にドイツとイタリアが統一されると、ヴェローナは皇帝はじめドイツ人にとって 重要な滞在地となった。 1136年、ヴェローナは独立した自治権(コムーネ)を獲得した。複数の有力貴族による寡頭制が 布かれたが、やがて各家の間で壮絶な権力闘争が繰り広げられるようになった。シェイクスピアの 『ロミオとジュリエット』は、この時期の貴族間対立を背景としている。 1405年にはヴェネツィア共和国の支配下に入り、以後は商都および文化の中心として発展した。 16世紀初頭のカンブレー同盟戦争において、ヴェローナは一時的に神聖ローマ帝国やフランスに 占領されたが、1517年にヴェネツィア共和国へ返還されると、ヴェネツィアは攻城戦の進化に対応 すべくヴェローナの防備を改修・強化した。 1815年のウィーン会議により、オーストリア帝国の構成国としてロンバルド=ヴェネト王国が成立 すると、ハプスブルク家はヴェローナとペスキエーラ、マントヴァ、そしてレニャーゴに要塞群を造営 して「要塞四辺形」を形成する計画に着手した。31もの城砦が築かれることになるこの壮大な計画 は、段階的に進められていった。 建設途中の1848年には第一次イタリア独立戦争が勃発したが、ヴェローナ市民はこれに呼応し なかった。オーストリア軍はヴェローナ周辺に防御陣地を構築し、5月6日のサンタ・ルチアの戦いで 革命軍を撃退した。このときのオーストリアの指揮官はヨーゼフ・フォン・ラデツキーで、イタリアへ 遠征するラデツキー将軍を称えて作曲されたのが、ニューイヤーコンサートで有名な「ラデツキー 行進曲」である。 要塞化の工事は1866年になってもまだ続いていた。この年、普墺戦争においてイタリア王国は プロイセン側で参戦し、敗れたオーストリアからヴェネト地方を獲得した。ヴェローナもイタリア領と なり、以後ヴェローナ防衛システムが実戦を経験することはなかった。 <手記> ヴェローナは、アルプス山脈から南チロルを縦断し、アドリア海へと注ぐアディジェ川の屈曲部の 内側に発展した街です。今でも東西南北の高速道路や鉄道が交差し、地図上で一見して要衝で あることが分かります。ジュリエットの家やアレーナ(円形闘技場)に代表される、世界遺産に登録 された伝統的な街並みはもちろんのこと、城郭ファンとしては市街を取り囲む城壁などがかなりの 距離にわたって残っているのが、たいへん魅力的に感じました。しかも、ロミジュリの時代に拡張 された城壁が、そのまま近世の防衛システムに改修されているため、施設は近代的でありながら 城壁の延びている位置は中世的であるという、ちょっとちぐはぐな感じも印象的です。 自分はこの外郭線を3分の2ほど歩いて巡ってしまい、おかげでカステル・ヴェッキオ(古城の意) やローマ時代のボルサーリ門やレオーニ門といった見どころに時間を割けなくなってしまいました。 海外のこの街を再訪することがあるのか、とても悔やまれます^^; だからといって、この都城の城壁がつまらない訳ではありません。とくに、旧市街から川を挟んだ 北東の丘上には、ここまで手が回らなかったのか中世的な遺構も見られます。ロンデラ・デッラ・ グロッタという小要塞跡からは、市内でも随一ではないかと思われる旧市街の眺望が楽しめます。 私がここを訪れたとき、高校生らしき男子が一人ベンチで勉強していて、思わぬ東洋人の来訪に えらくびっくりしていました。せっかくの勉強を邪魔して悪かったなぁと思いつ、観光客の喧騒とは 無縁な隠れスポットとして地元の子にも親しまれている様子にホッとします。ほかにも砦跡の北の ムーラ公園や、その西麓のイッポリト・ニエヴォ通り沿いなど、このあたりには都城跡の見どころが 集まっているように感じました。 それにしても、ヴェローナについて調べていると、ロミジュリ以降よりもそれまでの歴史の方が、 出来事の密度が濃ゆいのが印象的です。 |
|
| 駅名にもなっているヌオーヴァ門。 | |
| その脇の近代バッテリー。 | |
| 2番目の城壁のブラ門。 | |
| 2番目の城壁。 | |
| アレーナ(ローマ円形競技場)。 | |
| カステル・サン・ピエトロを見上げる。 | |
| カステル・サン・ピエトロの建物。 | |
| カステル・サン・ピエトロから北東の丘上の城壁を望む。 | |
| ヴィスコンテオ城を見上げる。 立ち入りはできなさそうです。 |
|
| 今も滾々と湧き出る山上の「フェッロの泉」。 | |
| ロンデラ・デッラ・グロッタの砦跡。 | |
| ロンデラ・デッラ・グロッタから旧市街の眺望。 右手がヴィスコンテオ城。 |
|
| ロンデラ・デッラ・グロッタから城壁を俯瞰。 | |
| ムーラ公園の城壁と堡塁。 | |
| 同上。 | |
| ムーラ公園西側の城壁。 | |
| 16世紀のバッテリー。 | |
| イッポリト・ニエヴォ通り沿いの城壁と堀跡。 | |
| 市街北西のスパーニャ堡塁。 | |
| 北西端のサン・プロコロ堡塁。 | |
| 市街西辺の城壁。 | |
| サン・ゼーノ門。 | |
| ジュリエットの家。 | |
| ジュリエット像。 胸に触ると御利益があるとか^^; |
|