ホルンフェルス城
(Wallburg Hornfels)
 別称  : なし
 分類  : 山城(Höhenburg)
 築城者: 不明
 交通  : バーゼル市街からバスに乗り、
      「ヘルンリ・グレンツェ」下車徒歩25分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           1930年代にホルンフェルゼンの丘で先史時代の墓が発見され、現存する土塁の周辺からも
          ハルシュタット時代の陶器片が数多く出土したことから、城砦跡として認識されるようになった。
          戦後、1940年代末の発掘調査により、先史時代と中世初期のに段階に渡る遺跡であることが
          明らかとなった。
           21世紀に入っての最近の研究によれば、最初の城砦はハルシュタットB期の紀元前900年
          ごろに築かれたと推測されている。城山の東側の尾根に沿って、土塁の上に貝殻性石灰岩と
          ドロマイトで幅2mの石塁が積まれていたと考えられている。木製の建造物や土塁前方の堀の
          存在も想定されたが、その痕跡は検出されなかった。
           2つ目の城砦は、紀元後900年前後の建造と推定されている。この新城はかなり急いで建て
          られたとみられており、旧城の土塁から10mほど東側に深さ4mの堀を穿ち、掘った土を堀沿い
          に盛り、旧城の土塁との隙間を埋めて新たな城壁とした。このとき、旧城の石塁の石材は他の
          用途に転用されたとみられている。また城山の北辺斜面は切岸に削られ、その上にも城壁が
          築かれたが、こちらは未完成だったと考えられている。
           史料にはみられないため、中世の新城が建設された理由は明らかでない。有力仮説の一つ
          として、900年ごろからマジャール人がヨーロッパ地域に侵攻するようになり、南西のバーゼル
          でもバーゼル司教が戦死するほどの被害を受けていることから、バーゼル市民ないし近隣の
          住民の避難用として急造された可能性が指摘されている。他方で13世紀以降にバーゼル市が
          バーゼル司教から独立していくと、さらに前方オーストリア公やハッハベルク=ザウセンベルク
          辺境伯らとの間で無用な軋轢を回避するため、交通の要地であるホルンフェルゼンへの築城
          を禁止する取り決めがなされたとされる。
           近世に入ると、ホルンフェルゼンでは石材や石灰の採掘が盛んとなり、城域の3分の1から
          半分ほどが失われ、今日に至っている。


      <手記>
           バーゼル大聖堂裏手のテラスやヴェットシュタイン橋からライン川上流方面を望むと、露岩が
          印象的な峰が見えます。これがホルンフェルゼンで、直訳すると角岩といったところです。岩が
          むき出しなのは上記の採掘の結果であり、かつては川岸まで峰が延びていたはずです。
           バーゼルといえばスイス第3の大都市ですが、ホルンフェルゼン付近はそれこそ角のように
          スイスへ突き出たドイツ領で、露岩上の展望台から見える景色はほぼスイスです。そのため
          バーゼルから訪城する場合はバスで国境近くまで行き、そこから徒歩で越境します。スイスは
          EU非加盟ですがシェンゲン協定に加盟しているため、コントロールなどはなく、国境があること
          すら分からない感じでドイツに入れます。
           閑話休題でホルンフェルゼンの展望台から東方へ少し登っていくと、件の土塁が現れます。
          土塁といっても上述の通り幅があり、ぱっと見は塚のような感じです。その前方は堀跡という
          ことですが、こちらも明瞭ではなく、鞍部か窪地のように見えます。土塁は上がると北へ続いて
          いて、なるほど土塁であることがようやく実感できるでしょう。西麓からホルンフェルゼンへ登る
          途中、城山の北辺斜面を窺うとかなりの急斜面に削られており、おそらくこれも未完の城壁が
          建っていたという切岸遺構とみてよいかと思います。
           このように、ホルンフェルス城は発掘調査に全容解明を委ねなければならない城砦跡遺跡
          です。ヨーロッパの城跡というと、基本的には誰かの財産として記録に残るので、史料に全く
          みられないという例はあるにはありますが、あまり多くはありません。そういった希少性の意味
          でも、この城跡は研究者の興味を惹くようです。個人的には、異民族が襲来して「どうしよう!」
          「そういえば、誰が作ったか分からない石垣があの山の上にあるぞ!」「よし、それを改築して
          逃げ込める城をこさえよう!」みたいな感じだったとすると、日本の掻き上げ城や「村人の城」
          論を彷彿とするようで興味深く思います。

           
 西からホルンフェルゼンを望む。
 中央て前は独瑞国境の税関。
ホルンフェルゼンの展望台。 
 堀跡。
同上。 
 土塁。
土塁から堀跡を見下ろす。 
 土塁上のようす。
同上。 
 展望台に戻る。
展望台からバーゼル方面の眺望。 
 城山北辺の切岸。
おまけ:ポールの右側がドイツ、東がスイス。 
 国境を跨いで一枚!


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