番田城(ばんでん)
 別称  : 堀江館、番田堀江館、番田館
 分類  : 平城
 築城者: 堀江景用か
 遺構  : なし
 交通  : えちぜん鉄道番田駅徒歩3分


       <沿革>
           国人・堀江景経によって、長禄年間(1457〜60)に築かれたといわれる。堀江氏は藤原利仁を
          祖とし、坂井郡堀江郷に拠った有力国衆であったが、長禄合戦で堀江利真が守護・斯波義敏に
          与し、守護代・甲斐常治や朝倉孝景に敗れて一時没落した。景経は堀江氏の庶流とされ、その
          子・景用が堀江惣領家の家督を継承した。したがって、番田城が築かれたのは利真が戦死した
          長禄三年(1459)以降のことと推測される。
           朝倉氏が越前を制すると、堀江氏はその重臣として勢力を盛り返し、2500貫を領したとされる。
          他方で、加賀一向一揆が越前へ侵攻するようになると、竹田川北岸の番田から南岸の本庄
          居館と移した。移転後も、番田城自体は維持されたとみられている。
           その後の番田城については詳らかでない。


       <手記>
           上に図示した地点に石碑が建っていますが、遺構はありません。約90m四方の方形城館で、
          石碑付近が南東隅にあたるようです。加賀一向一揆への備えとして竹田川を天然の防壁とする
          ため、川向こうの本庄へ移ったというのは合理的で納得がいきます。

           
 番田館跡石碑。
ちょうど番田駅に到着したえちぜん鉄道。 


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