白狐城(びゃっこ)
 別称  : 金原城
 分類  : 平山城
 築城者: 金原左衛門か
 遺構  : 土塁、曲輪跡
 交通  : JR吾妻線小野上駅徒歩30分


       <沿革>
           応永年間(1394〜1427)に、金原左衛門によって築かれたといわれる。金原氏の出自は
          不明だが、岩櫃城の斎藤氏に属し、吾妻川対岸の岩井堂砦と連携して上杉氏に対する前線
          を担ったとされる。その後の金原氏および白狐城については不明である。
           白狐の読みは「はっこ」または「はくこ」とも。その場合、白狐の呼称は箱島の「箱」の転訛と
          される。

       <手記>
           白狐城は、吾妻川の支流奥田川に面して突き出した丘陵の先端に築かれた城です。県道35
          号線に面して金原城址入口の標柱が立っています。ここからしばらく上ると、忠霊塔のある広場
          に出ます。この広場はおそらく曲輪跡と思われ、一段下の帯曲輪とともに城内でもっとも明確な
          遺構といえます。
           『日本城郭大系』や『中世城館調査報告書集成』には階段状遺構が残るのみとされています。
          忠霊塔のある曲輪より上には、3段ほどの段々畑があり、階段状遺構とはこれを指すものと思い
          ます。たしかに、各段築は土塁を伴った遺構のように見えるのですが、曲輪配置としては不自然
          なようにも思われ、本当に城の遺構であるか否かは何ともいえません。

           
 白狐城址近望。
忠霊塔のある曲輪と帯曲輪の間の土塁。 
 階段状遺構か。
第二段と第三段のようす。 
 忠霊塔のある曲輪から上段を望む。


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