だいうすの城
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 不明
 遺構  : なし
 交通  : 京都市バス「五条西洞院」バス停下車徒歩5分


       <沿革>
           高辻通、西洞院通、新町通、松原通に囲まれた菊屋町は、古くは「だいうす町」といった。
          現在でも菊屋町の北、高辻通沿いの町を堀之内町、菊屋町の南、松原通沿いを藪下町と
          いう。だいうす町は、別名を竪町といったという。
           「だいうす」とは「Deus」、すなわちキリシタンの町であることを示す。したがって、キリシタン
          の町が京都の寺や街区のように、四周に堀をめぐらした城郭構をしていたことが推測されて
          いる。江戸時代前期の地誌『京雀』によれば、だいうす町は「太閤(豊臣秀吉)の御時」に
          破却された。


       <手記>
           だいうすの城は菅大臣神社南側の区画にあったとされています。京都の一般的な風景の
          町で、遺構はもちろんのこと案内等もありません。南蛮寺ないし南蛮人町が、京洛の寺社と
          同じように城塞化していたとすれば、とても興味深いことであると思います。


           


だいうすの城周辺現況(菊屋町)。中央奥が菅大臣神社。


BACK