林城(はやし)
 別称  : 越前林城
 分類  : 平城
 築城者: 林六郎太夫光明
 遺構  : なし
 交通  : えちぜん鉄道東藤島駅下車すぐ


       <沿革>
           一説には、南北朝時代に林六郎太夫光明が築いたと伝わる。しかし、近隣の藤島城
          巡る延元三年/暦応元年(1338)の藤島の戦いには登場せず、同時期のいわゆる足羽
          七城にも含まれていないことから、詳しい築城の時期や経緯は不明である。
           その後、平泉寺衆徒波多野出雲守や朝倉氏家臣土肥左馬などが在城したとされる。
          波多野出雲守といえば、鎌倉時代前期に道元を保護し、永平寺を開基した志比荘地頭
          の波多野義重が著名である。義重の子孫も出雲を称したとされるが、永平寺が曹洞宗
          であるのに対し平泉寺は天台宗であり、両者に関係があるのかは定かでない。また、
          土肥左馬についても詳細は不明である。


       <手記>
           福井県の遺跡地図によると、上の地図に示した範囲が林城跡とされています。比定地
          内部には東藤島駅やJA藤島支店、東藤島公民館などがありますが、遺構らしきものは
          見当たりません。城址碑や説明板などもありません。
           すぐ北東には、藤島城跡に建立された浄土真宗の超勝寺があり、戦国時代には一向
          一揆の拠点となりました。ということは、平泉寺衆徒や朝倉家臣がこの城に拠れるのは、
          永正三年(1506)の九頭竜川の戦いで、一向一揆勢が越前から駆逐されてからのこと
          とみるのが妥当と思われます。あるいは、波多野出雲は平泉寺ではなく本願寺門徒で
          あったとも考えられますが、詳細は不明です。

           
 城域西側にあたるJA藤島支店付近のようす。
東側にあたる東藤島駅。 


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