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堀之内(ほりのうち) |
別称 : なし | |
分類 : 平城 | |
築城者: 西党か | |
遺構 : なし | |
交通 : 京王相模原線京王堀之内駅徒歩15分 | |
<沿革> 現在の八王子市堀之内、かつての堀之内村は、武蔵七党の1つ西党一族の館があった ことからその名がついたとする伝承がある。西党は今の日野市に興った氏族で、寿永三年 (1184)の一ノ谷の戦いで先陣を切った平山季重などを輩出した。地理的にこの地に西党 が入植したことは十分考えられるが、伝説の域を出るものではない。 <手記> 京王堀之内駅の北東一帯にかつて番場という字があり、今でも番場公園としてその名を 留めています。古絵図によれば大栗川に沿った緩やかな傾斜地だったようで、単なる放牧 地だったのかもしれませんが、館を築くのにも適した地形であるといえます。 また、正確には旧堀之内村ではなくお隣の東中野村になるようですが、多摩周辺の古い 地名を拾い集めて紹介しているブログサイト『谷戸めぐり』さまによれば、番場の川向こうに 「開戸」の小字があったそうです。「開戸」とは、「垣内(かいと)」に通じる城館跡地名として 知られています。今でこそ大栗川は直線ですが、かつてはこのあたりでかなり蛇行していた ようで、字「開戸」はその屈曲部の内側にあったようです。現在でも旧河道側に対して一段 高くなっていて、要害性という面からみればこちらも比定地足り得るように思われます。 いずれにせよ、伝承を基に地名を拾って推察してみただけで、城館があったという確証は ありません。ただ、可能性としてはあり得るように思います。 |
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番場橋から番場公園の丘を望む。 | |
番場公園の丘から大栗川方面を望む。 | |
旧河道側から小字「開戸」方面を望む。 |