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甲城(かぶと) |
| 別称 : なし | |
| 分類 : 山城 | |
| 築城者: 東藤氏か | |
| 遺構 : 曲輪、土塁、堀 | |
| 交通 : JR高山本線高山駅からバスに乗り、 「甲円城寺前」下車徒歩25分 |
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<沿革> 東藤相模守の居城とされる。東藤氏の出自や詳しい動静は明らかでない。『日本城郭大系』 には「郡上東氏の一族東相模守・同甲斐守の居城」とあるが、同書の青屋城の項には甲城主 東藤相模守とあり、東藤を東と誤読したものと推測される。 『探訪ブックス 東海の城』によれば、相模守は三木氏に属し、天正十三年(1585)の富山の 役に際して、飛騨へ侵攻した金森可重に敗れたとされる。その後の甲城や東藤氏については 不明である。 <手記> 朝日町甲地区の南に悠然と構える横長の山稜が甲城跡です。北麓の白山神社に車を止め、 上の地図にもある西麓回りの道に入ったところ、作業をされている地元の方がいたのでお話を うかがえました。その方いわく、すぐ目の前から分け入って北西尾根を上がるのがよいとのこと だったのですが、獣除けフェンスのゲートがどこか分からなかったのと、できるだけ比高を稼ぎ たかったので、その方が裏に回って水道施設のあたりからも行けるけど…と仰っていたルート を採りました。後で振り返るとこの判断は正解で、北西尾根は膝丈以上の笹薮がかなり続いて いる感じでした。 裏手ルートも道はなく、適当にあたりを付けて直登します。水道施設の裏はやはり笹薮だった ので、自分はもう少し進んでから急な尾根筋斜面に取りつきました。ですが、どう登っても結局 主尾根のラスト数十メートルは藪漕ぎとなります。 城内は横長の主郭に帯曲輪がぐるりと取り巻いていて、遺構ははっきりしており主郭の切岸 はとくに見ごたえがあります。帯曲輪西側には堀跡らしき浅い地形が見受けられますが、藪に 埋もれているので見落とし注意です。主郭内部も笹が生えていて見通しはよくありませんが、 西端付近に土壇状の土塁が認められます。 一番の見どころは主郭東端下付近で、この箇所だけ帯曲輪が土塁を伴った横堀状を呈して いました。また、東端下には小さな帯曲輪も付属しています。 全体としては保存状態の良い、有力土豪に相応しい規模の山城といえるでしょう。労を払って 直登するだけの価値はあると思います。北麓の飛騨川沿いには甲屋敷跡があり、城主の居館 である可能性も考えられますが、遺構はなく詳細は不明です。 |
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| 甲屋敷跡付近から甲城跡を望む。 | |
| スタート地点の白山神社。 | |
| 直登の途中。 | |
| 堀切跡か。 | |
| 帯曲輪の切岸面。 | |
| 北西隅付近の帯曲輪と主郭切岸。 | |
| 主郭のようす。 | |
| 同上。 | |
| 主郭南西端付近の土壇状土塁。 | |
| 南辺の帯曲輪。 | |
| 東端下の腰曲輪を見下ろす。 | |
| 主郭東端下で帯曲輪が横堀状を呈している箇所。 | |
| 同上。 | |
| 同上。 | |
| 北辺の主郭切岸。 | |