箸尾氏館(はしおし)
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 箸尾氏
 遺構  : 土塁、堀
 交通  : 伊賀鉄道上野市駅からバスに乗り、
      「大山田小学校」下車徒歩3分


       <沿革>
           箸尾氏といえば、大和の有力国人である箸尾城主・箸尾高春が知られている。しかし、
          高春は天正十三年(1585)の筒井定次の伊賀転封には従わず、大和国内の所領を維持
          した。その一族に、筒井家に従った者がいたと推測されるが、詳細は不明である。


       <手記>
           伊賀街道平田宿裏手の明昌寺境内が箸尾氏館跡とされ、西辺から北辺にかけて土塁
          や空堀が残っています。また、その北隣の専称寺にも土塁跡が見られ、『日本城郭大系』
          に「二郭の土塁等」とある通り、こちらも曲輪であったと思われます。専称寺の北西隅には
          小さな方形区画が認められ、守護神などが置かれたように見えますが、用途については
          定かでありません。
           上述の通り筒井家の伊賀転封に従って入部したのであれば、街道や宿場の整備・管理
          に携わっていたものと推察されます。

           
 明昌寺。
明昌寺境内西辺の土塁。 
 同じく北辺の土塁。
北辺の空堀と土塁。 
 専称寺境内の土塁跡。
専称寺北西隅の方形区画。 


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