草井崎館(くさいさき)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 不明
 遺構  : 曲輪、堀、土塁
 交通  : JR奥羽本線横堀駅徒歩25分


       <沿革>
           『奥羽永慶軍記』に、文禄二年(1593)に最上勢の攻勢で陥落した城の一つとして名が
          挙がっているが、詳細は不明である。


       <手記>
           役内川右岸の山稜先端部付近に位置する山城です。上図にはまだ描かれていません
          が、湯沢横手道路と院内道路を結ぶ横堀道路が開通目前で、城山の北西麓をトンネル
          出口がかすめています。この日は総勢10名以上のオフ会で訪城したのですが、既訪者
          の方の言によれば以前は入口がもっと分かりやすかったものの、工事のためか明瞭な
          進入口は見当たりませんでした。この方を先頭に数名の猛者が横堀道路沿いから藪へ
          突入し、私は後をゆるゆると追って尾根筋に取りつきました。
           最初の直登は険しいものの、城域に入るころには難しくはなくなります。先端側下には
          2条ほどの堀切がみられ、そこからはひたすらに腰曲輪が連なります。これでもかという
          くらいにただただ腰曲輪が続き、当然ながら上に行くにしたがって面積は狭くなり、頂部
          付近では数名が立つのがやっとという感じでした。工事量はすごいものの、当然ながら
          防御力のほどは疑問符です。
           さらに、頂部主郭の背後にはなんと9条もの堀切が設けられています。ただし、最初の
          1条は竪堀となって落ちるほど深く規模も大きいものの、後の8本はどれも浅く、なかには
          見落としてしまいそうな痕跡程度の堀切もありました。どれも一足飛びに越えられる程度
          の規模で、やはり実用性がいかほどあったのか甚だ疑問です。

           
 南西から草井崎城跡を見上げる。
堀底道か。 
 尾根先端下の堀切跡。
同上。 
 腰曲輪。
同上。 
 竪土塁か。
再びの腰曲輪群。 
 同上。
腰曲輪群を見上げる。 
 同じく見下ろす。
頂部付近のようす。 
 頂部主郭跡。
主郭背後の堀切1条目。 
 同上。
同堀切から続く竪堀。 
 2条目。
3条目。 
 4条目。
5条目。 
 6条目。
7条目。 
 8条目。
9条目。 


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