町屋の陣屋(まちや)
 別称  : なし
 分類  : 陣屋
 築城者: 徳川家康か
 遺構  : なし
 交通  : 金沢シーサイドライン海の公園南口駅徒歩7分


       <沿革>
           江戸時代初期の代官所とみられ、『新編武蔵国風土記稿』に記述があるが、同書の編纂が
          始まった文化年間(1804~18)には廃されて久しかったものとみられる。町屋は称名寺領で
          あったが、天正十八年(1590)に徳川家康が関東へ入封すると、原田佐左衛門が代官として
          派遣され、文禄三年(1594)に町屋村・宿村の検地が実施された。
           『記稿』によれば、町屋村は正保年間(1644~48)に八木次郎右衛門が治め、『日本城郭
          大系』には元禄年間(1688~1704)に旗本・倉橋内匠助久富の知行となったとあり、このころ
          までに町屋の陣屋は廃されたと推測されている。


       <手記>
           『大系』には陣屋跡は内科医院の敷地となり、低い石塀や海鼠壁の土蔵があると記されて
          いますが、現在は幼稚園となっていて旧家の面影は全くみられません。町屋の陣屋とは金沢
          の町場を治める代官所という意味かと思ったのですが、実際には町屋村という村名が由来と
          いうことでちょっと意外でした。ただ、隣が宿村ということで、もともとは称名寺門前の町屋や
          宿場があったということなのでしょう。
           かつて金沢文庫駅の南側一帯は広い内海で、町屋付近は称名寺前から延びる砂嘴状の
          半島だったそうです。そう考えると、町屋に陣屋を置くのも納得がいくように感じられます。

           
 陣屋跡付近現況。
同上。 


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