南外山城(みなみとやま) | |
別称 : なし | |
分類 : 平城 | |
築城者: 堀尾孫助 | |
遺構 : なし | |
交通 : 名鉄小牧線間内駅徒歩1分 | |
<沿革> 堀尾孫助の居城で、正中年間(1324〜25)にはすでに廃城となっていたと伝わる。 堀尾氏といえば、松江城を築いた堀尾吉晴(茂助)が有名であるが、両者につながり があるのかは不明である。吉晴の父泰晴は。北西に5kmほど離れた御供所城を居城 としていた。 天正十二年(1584)の小牧・長久手の戦いに際し、徳川家康が陣城として取り立て たともいわれるが、詳細は不明である。 <手記> 間内駅前の八幡社一帯が城跡とされ、境内に石碑と説明板が設置されています。 付近では区画整理事業に伴う発掘調査が部分的に行われ、堀や掘立柱建物跡など が検出されているそうです。 堀尾孫助については、やはり堀尾茂助こと吉晴との関連が気になります。堀尾氏は 吉晴の10代祖先にあたる邦経の代には御供所村を領していたとされ、正中年間まで に廃されていたという時系列とも一応齟齬がありません。その場合、堀尾氏の最初期 の城館跡だったということになり、たいへん興味深いといえるのではないでしょうか。 |
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南外山八幡社。 | |
石碑と説明板。 |