ミンネブルク城
( Minneburg )
 別称  : なし
 分類  : 山城(Höhenburg)
 築城者: 不明
 交通  : ネッカーゲラッハ駅徒歩25分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           ヴィンプフェンに皇帝居城が置かれた、シュタウフェン朝時代の13世紀ごろに築かれたと
          考えられているが、詳細は不明である。1339年に、エーベルハルト・リュット・フォン・コレン
          ベルクが婚姻によってこの城を獲得したとするのが、史料にみられる初出である。1349年
          にはプファルツ選帝侯ルプレヒト1世が購入した。その後、城はたびたび抵当に入れられた
          ため、城主も目まぐるしく替わったといわれる。
           1518年、ミンネブルク城と付随する領土はヴィルヘルム・フォン・ハーベルンの世襲領と
          なった。1522年までに改修が加えられ、今日の体裁が整えられた。普請には、当代随一の
          建築家と謳われたハンス・シュタインミュラーが当たった。16世紀末にはハーベルン家は
          無嗣断絶し、ミンネブルク城は選帝侯領の貯蔵庫となった。
           三十年戦争さなかの1622年、カトリックのティリー伯ヨハン・セルクラエスがバイエルン軍
          などを率いて城へ攻め寄せた。当時のミンネブルク城は部分的に綻んでおり、城壁の隙間
          を見つけて乗り込んできたティリー伯軍によって攻め落とされた。戦後は再び選帝侯領の
          大蔵となった。
           1803年にバーデン大公カール・フリードリヒがバーデン選帝侯となり、プファルツ選帝侯領
          がバーデン領に組み込まれると、ミンネブルク城は打ち捨てられ、廃墟となった。19世紀末
          ごろから保存運動が盛り上がり、史跡公園として整備されて今日に至っている。

       <手記>
           ミンネブルク城は、ネッカー川とベッヒェルスグラーベン川の合流点にせり出した山上の城
          です。麓の川沿いにはキャンプ場があり、対岸のネッカーゲラッハはのどかな保養の村と
          いった感じの町で、城跡も薫風さわやかな史跡公園となっています。
           入城口は(おそらく)1か所しかなく、堀切にかかる木橋を渡り、門跡の遺構をくぐって城内
          に至ります。主城域は大きく分けて上段の主郭と下段の副郭の2つから成っています。現在
          残る建物は、ほぼすべてが主郭に集中しています。この主郭の御殿建築についても、天井
          まで残っているのはごく一部で、あとは壁のみの廃墟です。天井が残っている建物だけは
          上まで登ることができ、景色を楽しめます。
           副郭にもかつては建物が巡っていたものと思われますが、今は基部のみが露わとなって
          います。ここにはテーブルやイスが置かれていて、逆に城内で一番開放的でくつろげる空間
          となっているようです。
           全体的に、観光スポットというよりは地元っ子やキャンプなどの保養客の憩いの場となって
          いるようで、お城の草に寝ころびて愛を育むカップルを3組ほど見かけました。おかげさまで、
          私の方がふさわしくない客のような気がしてしまいました(笑)。
 
 
 主郭の建物廃墟を望む。
入城口の堀切・木橋・門跡。 
 主郭背後の堀切と城壁・塔。
主郭建物内部のようす。
 同上。
副郭のようす。 
 主郭建物からの眺望。


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