オーバーフェーリング城
(
Burgstall Oberföhring )
 別称  : なし
 分類  : 平城(Niederungsburg)
 築城者: フライジング司教
 交通  : ミュンヘン市街からバスに乗り、
      「ムスピリシュトラーセ」下車徒歩10分
 地図  :(Google マップ

       <沿革>
           1000年ごろ、フライジグ司教によって築かれたと考えられている。当時オーバーフェーリングには
          イーザル川を渡る塩街道(Salzstraße)の橋や関所、市場などがあった。
           1156年にバイエルン公を獲得したザクセン公ハインリヒ3世(獅子公)は、オーバーフェーリングの
          橋を落として街道をイーザル川の数km上流側へ移し、1158年までに新たにミュンヘンを建設した。
          このとき、オーバーフェーリング城も廃城・破壊されたとみられている。


       <手記>
           考察されている通りの歴史だとすれば、ミュンヘンよりも古く、ミュンヘンの建設と同時に廃された
          城ということになります。オーバーフェーリングはミュンヘンの北東郊外に位置し、城跡は今日では
          イーザル川の側流となっているブルン川の河岸角に築かれています。周囲は民家や幼稚園などに
          囲まれていて、正面突破は困難です。城跡北東の聖ローレンツ教会前から河川敷に下りる遊歩道
          があり、その階段脇から河岸斜面に取り付いていくらか藪を漕ぎつつスライドしていくと、辿り着く
          ことができます。諦めかけていたので、目の前に堀が現れたときは一人歓喜の声を上げました。
           曲輪の周りを掘って盛ったモット・アンド・ベイリーに近く、地形図だけを見れば日本のチャシ跡と
          言われても気付かないでしょう。19世紀末までは建造物の遺構が残存していたとされることから、
          古い時代の160年ほどしか使われなかった城砦ながら、石造の建物があったことになります。城域
          内外の高低差はあまりないものの、郭内は上下2段に均されています。
           遺構が見られる城跡としてはミュンヘン中心部から最も近く、中世城館ファンなら訪れてみて損は
          ないでしょう。現地周辺には説明板も案内もなく、こうして日本のように埋もれて地域の人たちにも
          顧みられていないような城跡が眠っているというのは、たいへん興味深いですね。

  
 北から曲輪を望む。
北東隅の空堀と土塁。 
 郭内のようす。
郭内上段から下段を俯瞰。 
 下段から上段を望む。
郭内から空堀を俯瞰。 
 南東隅の堀底のようす。
南東側から堀越しに郭内の上下段を望む。 
 城内からブルン川を見下ろす。
この斜面をスライドして城跡を目指します。 
 斜面取り付き口へと向かう小道。


BACK