御土居(おどい)
 別称  : なし
 分類  : 土塁
 築城者: 豊臣秀吉
 遺構  : 土塁
 交通  : 市バス鷹峯源光庵前バス停・北野天満宮前バス停など下車


       <沿革>
           豊臣秀吉により、洛中の防衛と鴨川の氾濫に対する堤防を目的として、天正十九年(1591)に
         築かれた。総延長は約22.5kmにも及び、東は鴨川、北は鷹ヶ峯、西は紙屋川、南は九条辺りで
         京洛を土塁と堀でぐるり囲んでいた。
          御土居の内側を洛中、外側を洛外と呼んでいたが、時代が下り市街が拡大するにつれ大部分
         が取り崩され、今日では9箇所を市の史跡に指定されるのみとなった。


       <手記>
          ここで取り上げたものは、市北部鷹峰と北野天満宮西側に残されている部分です。鷹峯の方は
         立ち入ることはできないのですが、高さ数メートルに及ぶ壮大な土塁がわりとそのままに残されて
         いるので、京洛に残る数少ない中近世の遺構として見ごたえがあります。
          北野天満宮西側に残された部分は、神社の梅園として公開されています。訪れたのがちょうど
         梅の時期だったからか入園料が600円(梅茶・煎餅つき)かかりました。まぁ、御土居を見にわざ
         わざ北野へやってくる人もそういないでしょうから、これも運命と入園料を払いました。折角なので
         梅も楽しもうと思いましたが、まだ少し早かったようで六分咲きといったところでした。ただこちらは
         御土居の上や下を歩けるので、交通の便も良いですし訪れやすさとしてはおすすめです。
          ほかにも紙屋川沿いを中心にいくつか残っている部分があるようなので、機会があればそれら
         もたずねてみたいと思います。

           
 鷹峯の御土居。
北野天満宮西の御土居と紙屋川。 


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