高野城(たかの)
 別称  : なし
 分類  : 平山城
 築城者: 武田晴信か
 遺構  : 不詳
 交通  : JR小海線羽黒下駅徒歩15分

       <沿革>
           現地の八幡社の縁起によれば、天文年間(1532〜55)に甲斐の武田晴信(信玄)が
          佐久へ侵攻した際に砦を築き、同社に武運を祈願して奉斎したとされる。
           また、地侍の鷹野六助が居住し、のちに武田家臣三枝昌吉が守ったとする伝承も
          あるが、確証はない。


       <手記>
           高野城は、周辺に城館跡地名が散在することから存在していたとはみられている
          ものの、正確な位置ははっきりとしていません。一般には諏訪神社の境内が主城域
          で、さらに先端側の配水施設も含めるとする見方もあります。
           諏訪神社の境内は広々としていますが、城跡かどうかは判断に窮します。一応、
          周囲は切岸状の人工斜面となっていて、また先端側には堀状の地形もみられます。
          ただ、堀についても旧道であった可能性が高く、城の遺構かどうかは不明です。
           反対に、諏訪神社から上流側へ目を向けると、上述の八幡社があります。境内の
          説明板に信玄が砦を築いたくだりが記されていて、現地で城跡に触れている唯一の
          ものといえるでしょう。
           かつて実在した残り香を探るのがとても難しい城ですが、八幡社の縁起のいう通り
          信玄の陣城だったのであれば、遺構が判然としないというのもあり得ることなのかな
          と感じました。

           
 諏訪神社境内。
境内周囲の人工斜面。 
城の切岸かどうかは不明。 
 境内先端側の堀状地形。
 旧道跡か。
八幡社。 
 八幡社の由来を記した説明板。
 城(砦)について触れられている唯一のものです。
浅い土塁に囲まれた八幡社の墓地。 
さすがに城とは関係ないか。 


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