小浜城(おばま)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 小浜氏
 遺構  : 不詳
 交通  : JR長崎本線諫早駅等からバスに乗り、
       「小浜バスターミナル」下車
       


       <沿革>
           在地領主小浜氏によって築かれたとされる。小浜氏は、永暦元年(1160)に
          中央に対して反乱を起こし、平清盛の郎党平家貞によって討たれた日向通良
          の弟にはじまるとされる。
           ルイス・フロイスの『日本史』には、龍造寺隆信の島原半島への侵攻ルート
          2か所のうち1つに有馬晴信の城が残存しているとあり、『日本城郭大系』では
          これを小浜城に比定している。フロイスの記述によれば、この城は串山城から
          少し離れたところにあり、設備が悪く貧弱であったとされる。このころまでには
          有馬氏の持ち城となっていたと解されるが、小浜氏の動静については定かで
          ない。また廃城時期も不明である。

          
       <手記>
           小浜は雲仙岳中腹の雲仙温泉と並ぶ島原半島の温泉の町として知られ、
          町内のいたるところで湯煙がもうもうと上がっています。その温泉街の背後
          に杜絹山(とけん山)があり、『大系』にではその麓一帯が小浜城跡で、地元
          では城山と呼ばれているとあります。
           ネットで調べたところ、上の地図に示したとけん山公園の入口に城址標柱
          があるとのことでしたが、撤去されたのか無くなっていました。周辺は中世の
          小城が築かれるにはちょっと高くて広すぎるかなといった感じです。実際の
          城跡はもっと麓寄りにあったと思われますが、詳しい場所はわかりませんで
          した。一方で、標柱跡周辺の字を道前といい、『大系』ではこれを城関連の
          地名とみています。城の脇を抜けて、山手に進む古道があったのかもしれま
          せん。

           
 とけん山公園入口の、標柱があったとされるところ。
小浜温泉街のようす。 


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