下麻生陣屋(しもあさお) | |
別称 : なし | |
分類 : 平城 | |
築城者: 不明 | |
遺構 : なし | |
交通 : 小田急線柿生駅または東急田園都市線 たまプラーザ駅よりバスに乗り、 「麻生不動入口」バス停下車徒歩3分 |
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<沿革> 『新編武蔵国風土記稿』の下麻生村の項に、「村の北の方にあり 今畑となれり 何人の 居住せしということを知らず」とある。下麻生村は、江戸時代の大半を通じて旗本安藤家の 領地であったが、その陣屋の所在については明らかでない。ただし、下麻生陣屋が安藤氏 のものとすると、江戸時代に編纂された『記稿』で由来不明となっているのは不自然である。 <手記> 柿生中学校内に地元住民が運営する柿生郷土資料館の広報誌『柿生文化』の第50号と 第52号によれば、近年「下麻生村陣屋真影図」と書かれた明治十三年(1880)付の古写真 が発見されたそうです。その位置は現在教会の建っているあたりだそうで、比定地は眺め の良い山裾ですが、要害性は認められません。 ここで問題となってくるのは、どうも下麻生村で「陣屋」と呼ばれるものには2つあるようだ ということです。1つは旗本安藤氏のもの、もう1つは居住者不明の『記稿』に記されたもの です。古写真の陣屋がどちらのものかは書かれていませんが、そこに写っている建物は、 いわゆる陣屋造とはだいぶ異なっているように見受けられます。他方で、教会のある比定 地は下麻生地区の北方にあり、『記稿』の記述と合致しています。 これらのことから、写真にある「陣屋」については安藤氏の陣屋を明治に入って改築した もの、あるいは屋号が「陣屋」の旧家であるかのいずれかではなかろうかと考えられます。 とすると、『記稿』の陣屋はこれとは別の畑地にあったということになり、結局ふりだしに戻る 結果となりました。上の地図では、その教会の場所を示しています。 |
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比定地現況。 | |
比定地からの眺望。 |