下久世城(しもくぜ)
 別称  : 久世氏館
 分類  : 平城
 築城者: 久世氏
 遺構  : 堀跡
 交通  : JR東海道本線向日町駅徒歩10分


       <沿革>
           下久世荘公文職久世氏の居城とされる。城跡に建つ佑楽寺には、文安四年(1447)に
          73歳で没した久世山城守実綱の位牌が残されている。位牌には久世氏が源氏流である
          ことも記されているが、詳しい出自は不明である。明応・文亀年間(1492〜1503)ごろの
          公文として久世弘成・弘之の、大永年間(1521〜27)には久世弘文の名がみられる。
           久世氏は、江戸時代には明石藩の藩士となったとされる。廃城時期は不明である。


       <手記>
           佑楽寺の立つあたりが、下久世城の北東域にあたります。東辺は国道により消滅して
          いますが、南辺の堀跡が水路として残っています。また城域の北西隅で、北東から南進
          してきた西国街道が西に直角に折れています。
           境内には久世氏の墓があるということですが、この墓地は南北に対して明らかに一段
          低く、堀跡の様相を呈しています。たしかなことはいえませんが、これが堀跡とすると、
          下久世城は二重の堀をもつ城であった可能性が考えられます。

           
 下久世城址に建つ佑楽寺。
佑楽寺墓地。堀跡か。 


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