白子城山(しらこ)
 別称  : なし
 分類  : 平山城
 築城者: 不明
 遺構  : なし
 交通  : 東武東上線成増駅徒歩20分


       <沿革>
           白子小学校周辺は城山と呼ばれ、中世城館跡とされる。学校周辺の発掘調査に
          より、堀跡とみられる溝が数条見つかった(城山遺跡)。
           永正元年(1504)の立河原の戦いに先立って、山内上杉顕定軍が白子に15日間
          ほど陣を布いたとされる。白子城山はこのときの陣城、あるいはすでにあった城館を
          陣に取り立てたものとも考えられるが、確証はない。



       <手記>
           白子城山とされる白子小学校は、白子川河岸の台地上にあり、周辺ではわずか
          ながらもっとも高所に位置しているようです(道路や線路など開発著しいので、当時
          もそうだったかは分かりませんが)。
           城跡を示すようなものはとくにありませんが、小学校の北東には「城山」の字名に
          ちなんだ城山坂があります。もともとは、小学校の東隅に直結する小道が城山坂と
          呼ばれていたそうです。城山南麓の線路向こうの少し離れたところに、江戸時代の
          川越街道白子宿がありましたが、中世にはこちらの城山坂もメインルートとして使用
          されていたのかもしれません。
           城山の西には谷中川が流れ、城山のあたりがもっとも台地が細くなるところです。
          両脇に小谷戸と抱え、街道も扼することができ、白子城山は中世城館が設けられる
          ところとしては格好の地勢のように思われます。史料にまったくみられないというの
          が不思議です。

           
 白子城山の中心部とされる白子小学校。
現城山坂を上ったバイパス脇から城山方面を望む。 
中央の雑木林は御岳神社。 
 


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