高幡城(たかはた)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 不明
 遺構  : 曲輪跡、土塁、空堀
 交通  : 京王線・多摩モノレール高幡不動駅徒歩10分


       <沿革>
          築城の経緯は不明である。享徳四年(1455)の分倍河原の戦いに敗れた上杉(犬懸)憲秋
         が高幡不動で自害していることから、このころかこれ以降に、何らかの施設が築かれたものと
         考えられている。
          戦国時代には北条氏照の家臣高幡十右衛門が居城としていたとされるが、詳細は不明で
         ある。


       <手記>
           高幡不動尊の裏山、浅川と程久保川に挟まれた丘が高幡城址です。史料にはほとんど
          みられないものの、山頂の本丸を中心にいくつかの削平地や堀切、土塁の跡が認められ、
          中世城郭が存在したことは疑いないと思われます。
           ただ、後北条氏の手が入っているにしては単純な構造に見えるため、恐らくは監視用の
          砦の域を出るものではなかったものと推察されます。
           ちなみに、私が訪れたのはちょうど不動尊のあじさい祭りのときで、城山の散策路にも
          せり出すほどさまざまな紫陽花が咲き乱れ、とても綺麗でした。このことに訪れると二度
          楽しめておすすめです。
           
 本丸のようす。
腰曲輪跡。 
 土塁跡。
 高幡不動門前から城山を望む。 
 おまけ:登城路のあじさい。


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