横河城(よこかわ)
 別称  : 市河城
 分類  : 山城
 築城者: 宮所氏か
 遺構  : 削平地、木戸跡、堀跡か
 交通  : 中央自動車道伊北ICから車で20分


       <沿革>
           『市河文書』の「市河倫房同助保着到状」によれば、建武二年(1335)九月晦日ごろに
          信濃守護・小笠原貞宗に属する市河倫房の子・助保が、横河城に先駆けして攻め落と
          とされる。
           同年七月に発生した北条時行らによる中先代の乱が収束したころであり、時行に与同
          する宮所氏らの残党が拠っていたとみられている。その後の横河城については不明で
          ある。


       <手記>
           横河城がどこにあったのかは確定しておらず、遺跡地図によれば、上に図示したあたり
          を「市河城遺跡」としており、横河城を指すものと思われます。ただし、上述の通り市河氏
          は城を攻め落とした側なので、市河城と呼ばれることはなかったはずです。
           比定地は横川川と支脈に挟まれた峰先で、現状は緩やかな人工の平場が広がる山林
          となっています。その一角に天狗神社という小社が建っていて、南東麓の生活道路から
          そこまで上がることができます。
           広大な空間で明らかに人工地形ではあり、先端には虎口状の地形もみられるものの、
          城砦のものかどうかは分かりません。また平場の背後には土壇状の地形が横に延びて
          いますが、その上部は斜めになっているので、おそらく重機で造成されたものではないか
          と思われます。
           一方、平場の北隅から奥へ斜面沿いに小道が通じており、平場への入り口は、沢側が
          竪堀状地形となっていて木戸のようにすぼまっています。これが当時からの地形である
          とするなら、現地で最も城館跡らしい遺構といえるでしょう。
           ただし、南北朝という時代と北条時行の残党という築城主体を鑑みれば、そこまで手の
          込んだ城砦は築けなかったはずです。ここが横河城跡とするなら、おそらくは寺院などを
          利用して立て籠もったに過ぎないのではないかと推察されます。

           
 横河城跡(市河城遺跡)全景。
天狗神社。 
 比定地のようす。
比定地先端部のようす。 
 先端部の虎口状地形。
比定地の平場後半のようす。 
 比定地の平場後方の土壇状地形。
 後世の造作か。
同上。 
 平場北隅のすぼまった小道。
 木戸跡か。
木戸状地形脇の竪堀状地形。 


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