右近馬場城(うこんのばば)
 別称  : 北野右近馬場城
 分類  : 平城
 築城者: 足利義輝か
 遺構  : なし
 交通  : 京都市バス「北野天満宮前」バス停下車


       <沿革>
           天文二十二年(1553)七月、三好長慶と対立した将軍足利義藤(後の義輝)は、御所を出陣し
          「北野下の森 右近の馬場城」に入った。城で合戦があったかは不明だが、義藤は敗れて近江へ
          逃れた。
           廃城時期は不明だが、山本正男「京都市内およびその近辺の中世城郭」(『京都大学人文科学
          研究所調査報告 第53号』)によると、南蛮文化館所蔵の『洛中洛外図屏風』(北本家A本)に、
          一条通に面して堀をめぐらした城跡が書きこまれているという。


       <手記>
           右近馬場城は、西陣署の南、宥清寺の西、一条通の北にあったとみられています。当然ながら、
          遺構や案内などはありません。すぐ北西には北野天満宮があり、常時観光客や中高生で賑って
          います。西の紙屋川に望む単郭方形の陣城だったものと思われます。


           


右近馬場城址周辺現況。


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