聖マリア被昇天教会
( Wehrkirche Mariä Himmelfahrt)
 別称  : ヴァイセンキルヒェン(・イン・デア・ヴァッハウ)教会
 分類  : 防衛教会 (Wehrkirche)
 築城者: ヴァイセンキルヒェン市民
 交通  : Weissenkirchen駅より徒歩15分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           ヴァイセンキルヒェン(正式にはヴァイセンキルヒェン・イン・デア・ヴァッハウ(ヴァッハウ渓谷の
          ヴァイセンキルヒェン))にある聖マリア被昇天教会は、防衛教会(Wehrkirche)と呼ばれる住民
          の緊急立て籠もり用の教会で、現在も周囲に城壁が巡っている
           教会そのものは、12世紀ごろから存在していたとされるが、1529年の第一次ウィーン包囲で 
          オスマン・トルコの脅威にさらされたことから、翌1530年に住民退避用の防衛教会として城塞化
          された。
           1683年の第二次ウィーン包囲後の1687年にも、防衛力強化のために改修された。1736~38
          年には、教会がバロック様式に改められたが、この頃になると城壁についてはもはや顧みられる
          ことはなくなったようだ。

       <手記>
           聖マリア被昇天教会は、のどかなヴァイセンキルヒェンの町で最も大きな建築物であるうえに、
          周囲を明らかな城壁で囲まれているので、いささか目立ちます。私は、ヴァッハウ渓谷クルーズ
          船のデッキから風景を眺めていたのですが、何やら城っぽい教会があるぞということで何気なく
          写真に収めました。後で調べてみると、上記のとおりウィーン包囲によってイスラム帝国の脅威
          に晒されたという特殊な事情から築かれた城砦であることが分かり、私の直感もなかなかのもの
          だと自画自賛するに至りました。ヴァッハウ渓谷には、ほかにも同様の防衛教会がいくつかみら
          れました。
           船の上から眺めただけなので詳しいことは分かりませんが、なかなか立派で古い城壁だけで
          なく、教会自体も由緒のあるもののようで、この町で目玉スポットの1つになっているようです。
           それにしても、防衛教会とは日本の本願寺などの城塞寺院のようで面白いと感じました。日本
          の寺院は緊急時に住民を収容してくれたのかな?などと疑問にも思ったり。

           
 聖マリア被昇天教会(右手)とヴァイセンキルヒェンの街並み。
おまけ:ヴァイセンキルヒェンのブドウ畑。 


BACK