矢田城(やた)
 別称  : 桜井館、桜井氏館
 分類  : 平城
 築城者: 桜井某
 遺構  : なし
 交通  : 小松駅からバスに乗り、
      「矢田」下車徒歩1分


       <沿革>
           延徳二年(1490)に桜井某が築き、南は勅使から北は串までを治めたとされるが、史料上の
          裏付けはない。『江沼郡史』によれば、桜井氏は越前の朝倉義景に滅ぼされたとされる。
           『日本城郭大系』では、同じ矢田町に「矢田城」と「桜井氏館」を別個に掲載しているが、3者
          とも同一の城館を指すものとみられる。現地説明板によれば、1970年の発掘調査で城の柵列
          検出されたが、2016年の道路建設に伴う調査では城館跡に繋がる遺物は見つかっていない。


       <手記>
           上記の通り、矢田城については詳しい来歴・範囲・規模などは定かでありません。一帯には
          「百間堀」「門(かんぬき)」「御厩」といった小字があったそうで、それらをまとめると満留山神社
          と刀何理神社の間あたりが中心部で、刀何理神社の南東側にも「片城」「豊門」といった小字が
          みられることから、城域はかなり広範囲に及んでいた可能性もあります。
           とはいえ、地表面には城館跡につながるようなものは見られず、発掘調査でもはっきりとした
          遺構は検出されていません。上図の緑点の箇所に説明板が建てられているのみです。

           
 矢田城跡説明板。
旧参道から線路越しに刀何理神社を望む。 
 小字「門(かんぬき)」付近のようす。


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