阿木城(あぎ)
 別称  : 安木城
 分類  : 山城
 築城者: 安木遠山氏
 遺構  : 曲輪、堀、土塁、虎口
 交通  : 明智鉄道阿木駅徒歩15分


       <沿革>
           遠山氏の祖・加藤景廉の孫で岩村遠山氏初代の遠山景員の子・三郎左衛門景賢が安木遠山家を
          興したとされる。安木遠山氏はいわゆる遠山七頭の一つに数えられるが、阿木城がいつごろ築かれ
          たのかは定かでない。
           元亀三年(1572)に武田氏が岩村城を攻め降すと、阿木城は織田方の最前線となった。天正二年
          (1574)、武田勝頼が東濃へ侵攻すると、阿木城は他の遠山氏の諸城と共に攻め落とされた。安木
          遠山氏は滅亡し、阿木城もそのまま廃城となったとみられている。


       <手記>
           阿木は明智鉄道の恵那駅と岩村駅の双方から3駅目にあたり、阿木城は阿木駅のすぐ北東の山上
          にありました。伝えられる通りであれば、安木遠山家は数多くの分家を輩出した遠山氏でも、とりわけ
          早く分かれていたことになり、阿木城も遠山十八支城(子城)に数えられる重要拠点だったようです。
           城跡へは南側中腹から登山道が整備されており、登山口には駐車スペースも用意されています。
          中心部はほぼ円形の広い主郭を帯曲輪が囲うという単調が造りですが、登山口側には腰曲輪で挟み
          込んだ虎口や通路を窄める竪堀が設けられています。また、背後側の鞍部には大きな堀切と竪堀、
          そして二重堀切だったのではないかと思われる切通しも見られるなど、防備の工夫が見られました。
          西尾根にも堀切がありますが、こちらは簡素な構造で、全体的に凝った箇所とそうでない部分の差が
          大きく、段階的に改修されてきた様子が見て取れます。規模的にみて織田氏や武田氏の手が入って
          いるようには感じられず、遠山氏としての築城術の最終段階を示しているといえるでしょう。
           それにしても、ここまで見学しやすく整備していただいているのはありがたいことです。この日は雨が
          降ったり止んだりでしたが、傘を差しながらでも訪城できました。

           
 北西から阿木城跡を望む。
南側の虎口。 
 虎口を上から見下ろす。
虎口上の竪堀。 
 竪堀で窄められた通路。
竪堀付近から主城域を見上げる。 
 主郭南西辺の帯曲輪。
帯曲輪に伴う土塁。 
 帯曲輪と土塁。
下段の帯曲輪から主郭を見上げる。 
 主郭のようす。
同上。 
 主郭の土塁状地形。
主郭北辺の虎口跡。 
 主郭東下の二の郭。
同上。 
 二の郭から背後鞍部の腰曲輪を見下ろす。
腰曲輪脇の竪堀。 
 同じく竪土塁。
竪堀脇の曲輪。 
 背後鞍部の堀切。
その奥の切通し。二重目の堀切か。 
 切通しから堀切越しに主城域を望む。
西側尾根の腰曲輪。 
 西尾根の堀切。
同上。 


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