穴ヶ谷城(あながや)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 勝間田氏
 遺構  : 曲輪、堀、土塁
 交通  : 東名自動車道牧之原ICから車で15分


       <沿革>
           勝間田城主勝間田氏の支城として築かれたとされる。勝間田十郎政次が居城していたが、
          文明八年(1476)に勝間田氏が今川義忠に攻め滅ぼされた後の動向は不明である。


       <手記>
           牧之原台地の丘陵地帯の一峰に築かれた山城です。勝間田川をさかのぼると勝間田城が
          あり、一族が下流に分家したというのは当然に考えられるでしょう。
           南東中腹の小仁田薬師堂から茶畑を抜けて城内に至る道があり、車も薬師堂境内に止め
          られます。茶畑は放棄されて数年は経っている様子で、だいぶ茶゛ャグルと化していました。
          その先にも道が通じているのは電線鉄塔があるからとみられますが、9月とて誇張ではなく
          1歩進むごとに大きな蜘蛛の巣が張っていて、やはり訪れるなら冬場がよさそうです。
           それでも折角登ったのだからと苦心して行くと、城域最後尾の二重堀切に辿り着きました。
          堀切に面した曲輪背後には土塁も残っていて、苦労が報われた感に浸れたわけですが、
          それも束の間で郭内はまたド藪。今度こそこれ以上は行けないと判断して引き返しました。
           最後尾の遺構しか目にしていませんが、それでも二重堀切を擁しているあたり、勝間田城
          と同じく16世紀にも使用されていたのではないかと推察されます。

           
 南東から穴ヶ谷城跡を望む。
最後尾の二重堀切の1条目。 
 同上。
二重堀切2条目と土塁。 
 堀切脇のようす。
同上。 
旧道ですが城道かは不明です。 
 郭内のようす。
道中の放棄された茶畑。 


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