フィルミアーノ城
(Castel Firmiano)
 別称  : ジークムンツクローン城、フォルミガール城
 分類  : 山城(Höhenburg )
 築城者: 不明
 交通  : Sigmundskron駅徒歩15分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           945年に「Formicaria(蟻塚の意)」の名で史料に登場するのが初出とされる。1027年、神聖
          ローマ皇帝コンラート2世は世俗権力と共にこの城をトレント司教に譲り渡した。城は複数の
          家士に与えられたが、その中からフィルミアン家を称する者が現れた。
           1473年、チロル伯を兼ねるオーストリア大公ジークムント(貨豊公)が城を購入した。大公は
          城を大きく拡張して新たな城壁で囲い、ジークムントの王位を意味するジークムンツクローン
          (Siegmundskron)城と改名した。しかし、ジークムントは浪費癖の故にチロル伯領そのものを
          バイエルン公への抵当に入れたため、これを憂えたチロルの貴族らによってチロル伯を剥奪
          された。その爵位と領地は後に皇帝となる同じハプスブルク家のマクシミリアン1世が継承した
          が、城はもはや軍事拠点としては重要視されず、徐々に荒廃していった。
           18世紀末ごろには、フィルミアーノ城はトロスト城主ヴォルケンシュタイン伯の所有となって
          いた。1807~70年にはザルンタイン伯、その後は1990年代までトッゲンブルク伯が保有し、
          1996年にはボルツァーノ自治県政府に寄贈された。2003年には、同県出身の登山家である
          ラインホルト・メスナーを記念するミュージアムとして改装され、現在に至っている。


      <手記>
           フィルミアーノ城はアディジェ川に沿って突き出た峰上にあり、北東にはボルツァーノ市街が
          眼下に広がっています。上述のとおりミュージアムとして整備されているため、一般の観光客
          も多く訪れていました。
           岩山の上の中世的な城跡部を、近世的な城壁と城塔が囲むという、コントラストが特徴的な
          城塞のようですが、城跡と関係のないミュージアムの入館料がそこそこ高いうえ、券売所が
          城門をくぐってすぐのところにあるため、入城は諦めちょっと覗いて後は城壁を外から眺めるに
          とどめました。城壁や城塔はとても重厚で、オーストリア大公が自分の名を冠しただけのことは
          あると感じ入ります。
           ちなみにメスナー氏自身も、県内の古城を買い取って住んでいるそうです。

           
 ミュージアム入口の城門。
城門をくぐったところ。 
ここから早くも有料です。 
 南側の城壁と城塔を見上げる。
同じく城壁と、なぜか置いてある仏像を見上げる。 
 南端の城塔と城壁。
同上。 
 岩の上に築かれている城壁。
最寄りのジークムンツクローン駅より。 
イタリア鉄道とフィルミアーノ城。 


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