ガルゲンビュール城
(
Burgstall am Galgenbühl )
 別称  : ブルクの城
 分類  : 山城(Höhenburg)
 築城者: ファルケンシュタイン家ないし
      ハイガーロッホ家か
 交通  : キルヒツァルテン駅からバスに乗り、
      「ブルク・アム・ヴァルト」下車徒歩15分
 地図  :(Google マップ

       <沿革>
           史料にはみられない城跡である。南東のヴィースネック城主ハイガーロッホ伯が、フライブルク
          のツェーリンゲン家と争うなかで築かれたとも考えられているが、確証はない。また、ヘレン渓谷
          を遡ったファルケンシュタイン城のファルケンシュタイン家との関連も示唆されている。


       <手記>
           ガルゲンビュールと呼ばれる小山(ビュールは丘の意)の先端に突き出た小ピークに築かれた
          小規模な城砦です。南麓にはその名もブルク(城)という名前の集落があり、ブルク・バイ・ブルク
          (ブルクの城)とも呼ばれるようですが、集落名はこの城とは無関係で、ヴァーゲンシュタイク川と
          ヘレンバッハ川に挟まれた区域にかつて存在したタロドゥヌムというケルト人の居住地に防備が
          施されていたことにちなむそうです。
           西麓から城跡の背後まで軽トラ道が延びており、グーグルマップに示されている地点は実際と
          ややずれています。モット・アンド・ベイリー様式の単郭の城砦で、背後鞍部に堀切、南西中腹に
          横堀がみられます。堀がぐるっと城山を巡っていたのかは定かでなく、少なくとも現況では南東の
          尾根がそのまま麓まで通じているようでした。
           郭内はさほど広くはなく、部分的に低い土塁状地形が残っています。この城跡はどこを取っても
          日本の城跡と言われても気付かない感じで、あるいは急拵えの掻き上げ城とて建造物は木造で
          あった可能性も考えられます。ハイガーロッホ家とツェーリンゲン家の争いが始まった1100年ごろ
          から、ヴィースネック城が攻め落とされたとされる1118年までのごく短い期間に存在したとすれば、
          規模の小ささや史料に見られない点も理解できるでしょう。
           ちなみに、尾根伝いのさらに高所のピークにも、同様の城跡がもう一つあるそうです。私は調べ
          が足りずに行きそびれてしまいましたが、再訪できる機会はあるのでしょうか^^;

  
 ガルゲンビュール城跡を望む。
城山を付け根側から見上げる。 
 背後鞍部の堀切跡。
同上。 
 南西下の横堀。
同上。 
 峰先側から主郭を見上げる。
郭内のようす。 
奥に土塁状地形が見えます。 
 郭内先端側のようす。
南東尾根を見下ろす。 


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