ヴィースネック城
(
Burg Wiesneck )
 別称  : なし
 分類  : 山城(Höhenburg)
 築城者: ハイガーロッホ伯アーダルベルトか
 交通  : ヒンメルライヒ駅徒歩20分
 地図  :(Google マップ

       <沿革>
           1079年に、ハイガーロッホ伯アーダルベルトの持ち城として史料に初めて登場する。ハイガー
          ロッホはヴュルテンベルク地方のホーエンツォレルン城に近く、ツォレルン家の庶流ともいわれる
          が確証はない。1096年以降、アーダルベルトはハイガーロッホ=ヴィースネック伯を称した。
           アーダルベルトの弟ブルーノはストラスブール大聖堂の首席司祭や神聖ローマ皇帝ハインリヒ
          5世の宰相を務め、ヴィースネック城はハイガーロッホと並ぶ同家の中心地として発展していたと
          みられている。他方で、同時期にドライザム川下流のフライブルク城を拠点に勢力を拡大する
          ツェーリンゲン家と競合するようになり、ヴィースネック城は1118年にツェーリンゲン公ベルトルト
          3世に破壊された。1121年以降に再建されたものの、1136年時点で再び破壊された城館として
          記録されている。
           1160年代にハイガーロッホ=ヴィースネック家が無嗣断絶すると、遺領は同じくツォレルン家の
          分家であるホーエンベルク伯が相続した。城も再び復興されたとみられるが、1293年には領地
          ごとフライブルクの都市貴族ブルクハルト・トゥルナーに売却された。1318年にはシュネヴリン・
          フォン・ランデック家の手に渡っている。同家はヴィースネック城から谷をさらに遡った聖メルゲン
          修道院に強圧的な態度を取り、1346年に修道院長らを城に幽閉し、1355年にエープネット近郊
          で殺害したとされる。、1372年にはブルーメネッガー家がヴィースネック城を取得したが、1450年
          にはシュネヴリン・フォン・ランデック家が城の半分を買い戻し、1460年以降に残りも購入したと
          される。
           1525年の農民戦争に際し、ヴィースネック城はハンス・フォン・ブルゲンバッハ率いる反乱軍に
          攻め落とされたが、まもなく修復された。1577年には、アンナ・シュネヴリン・フォン・ランデックの
          夫フリードリヒ・フォン・ジシッキンゲン=ホーエンブルク男爵が城を相続した。しかし、一族はフライ
          ブルクやエープネットに居住したため、ヴィースネック城についてはほとんど顧みられなかったと
          みられる。三十年戦争中の1644年にフランス軍が破壊して以降、ヴィースネック城跡の石材は
          地域の建材として持ち去られた。


       <手記>
           ヴィースネック城は1091年に築かれたフライブルク城より一回り以上歴史が古く、史料に残って
          いるなかでは、ブライスガウ地方最古の城館の一つといわれています。15世紀までは、貴族の
          居城としてそれなりに発展していたと思われますが、今では城山の周囲には農場や集落の家々
          が取り巻いているばかりです。ヒンメルライヒ駅を降りるとまもなく眼前に城山が見えてきますが、
          正面には貴重な遺構である一枚城壁が屹立しており、その様子は滋賀県の三雲城の八丈岩と
          たいへんよく似ていると感じました。築城形態も異なる洋の東西で、既視感を覚えるというのも
          不思議なものですね。
           城跡へは、峰の西側先端から登山道が付いています。まず行き着くのは東側の大手曲輪で、
          歯抜け状に残る城壁と城門跡があります。この大手曲輪を起点として、主郭部をぐるっとモット・
          アンド・ベイリー様式の横堀が巡っています。規模の大きな薬研堀で、ここだけ切り取れば日本
          の山城と言っても違和感はないでしょう。中世城郭ファンであれば、興奮すること請け合いです。
           件の一枚城壁は環状城壁の一部とみられ、郭内の建物はほとんど痕跡をとどめていません。
          主塔があったとみられる城内最高所には、基部とみられる石列がわずかに残り、周囲には石材
          の残骸が散乱しています。その下にも土塁を伴う曲輪があり、主塔跡との間は堀切状になって
          いるのですが、日本の城跡のように考えるのは禁物でしょう。

  
 ヴィースネック城跡全景。
こちらは滋賀県の三雲城跡と八丈岩。 
雰囲気が似ていると思いませんか? 
 大手曲輪の城壁と門跡。
城壁と門跡を外側から。 
 大手曲輪のようす。
主郭部を囲う横堀。 
 横堀外側の土塁上のようす。
同上。 
 横堀の続き。
同上。 
 横堀を土塁上から俯瞰。
主郭部のようす。 
 主郭部の建物跡
主塔跡か。 
 主塔跡の1段下の曲輪と土塁。
同曲輪と主塔跡の間の堀状地形。 
 一枚城壁を城内側から。
一枚城壁の基部。 
 一枚城壁を前方側から。
一枚城壁下方の別個の城壁。 
 同上。
一枚城壁および下方の城壁を見上げる。 


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