埴原田城(はいばらだ)
  別称  : 茶臼山城
  分類  : 山城
 築城者 : 埴原田小太郎行満
  遺構  : 曲輪跡、土塁、堀切
  交通  : 中央自動車道諏訪ICより車で25分


       <沿革>
           文明年間(1469〜86)に埴原田小太郎行満が築城したとされる。行満は、諏訪惣領家当主
          諏訪政満の弟で、同十五年(1483)正月八日に、対立していた大祝家諏訪継満や高遠城主
          高遠継宗、下社大祝金刺興春により兄や甥とともに謀殺されたとされる。その後の埴原田城
          および埴原田氏については明らかでない。


       <手記>
           埴原田城は、山浦地域の上川沿岸、埴原田集落に突き出した小丘陵上に築かれています。
          築城年代が比較的古く、また山容もさほど険しくないため、在地領主の詰城程度のものと考え
          られます。
           山頂の主郭を頂点に梯郭状に少なくとも4、5段の帯曲輪を従え、主郭背後の尾根を堀切で
          断ち切っており、小規模ながらもまとまった、システマティックな構造をしています。おそらく、
          武田氏の諏訪侵攻までは改修を重ねながら使用されていたものと考えられます。


           
 埴原田城遠望。
  主郭のようす。 
 主郭背後の堀切。


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