氷取沢陣屋(ひとりざわ)
 別称  : 間宮氏氷取沢陣屋
 分類  : 陣屋
 築城者: 間宮綱信
 遺構  : なし
 交通  : JR根岸線磯子駅または京浜急行杉田駅
      からバスに乗り、「氷取沢」下車徒歩3分


       <沿革>
            天正十八年(1590)の小田原の役で笹下城主間宮康俊が討ち死にし、主家の北条氏が滅亡
           すると、康俊の弟・綱信は新たな関東国主となった徳川家康に召し出されたが、固辞して子の
           重信を出仕させた。綱信は隠居料として氷取沢に500石を与えられ、陣屋を設けたとされる。
            間宮氏は複数の旗本家に分かれたが、氷取沢間宮家は江戸時代を通じて唯一、転封もなく
           存続した。19世紀に『新編武蔵風土記稿』などの編纂に携わった間宮士信は、氷取沢間宮家の
           出身である。


       <手記>
            笹下釜利谷道路がトンネルに入る北側の手前、笹下川と丘陵に挟まれて数軒の民家が並ぶ
           ところが氷取沢陣屋跡とされています。隠居所として設けられたためか城館地形とは言い難く、
           旗本陣屋としてもだいぶ手狭に感じます。『日本城郭大系』では「江戸に詰めていたためか治績
           の記録は少ない」としており、陣屋敷地の貧弱さも同じ理由によるのかもしれません。
            北東には氷取沢神社が鎮座していますが、陣屋との関係はとくになさそうです。関東の城跡を
           調べているとお世話にならないわけにはいかない『新編武蔵風土記稿』の編者ゆかりの故地と
           しては、かなり残念な感じではあります。

           
 陣屋跡比定地現況。
氷取沢神社。 


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