古市城(ふるいち) | |
別称 : なし | |
分類 : 平城 | |
築城者: 古市氏 | |
遺構 : 不詳 | |
交通 : JR東海道本線長岡京駅徒歩10分 | |
<沿革> 西岡衆の1人古市氏の居城とされる。応仁の乱さなかの応仁三年(1469)、西岡衆の も東西両軍に分かれて相争っていたが、東軍の攻撃によって焼かれた城館の1つに、 古市の館の名がみられる。 文明二年(1470)には勝龍寺城付近で合戦があり、古市氏が感状を受けたことが、 『野田泰忠軍忠状』にみえる。 その後の古市氏および古市城について、詳細は不明である。 <手記> 古市公民館および潤福寺周辺に、「屋敷」「垣外ヶ内」「堂ヶ内」といった城郭関連と 思しき小字が残り、古市城はこのあたりにあったものと推測されます。 山本正男「京都市内およびその近辺の中世城郭」(『京都大学人文科学研究所調査 報告 第53号』)では、現在の長岡京駅周辺を古市城址と比定しています。しかし地名 から考えるに、やはり小畑川左岸にあったものとみるほうが妥当と思われます。 |
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潤福寺。 | |
字屋敷および字垣外ヶ内周辺のようす。 |