出間館(いづるま)
 別称  : なし
 分類  : 平山城
 築城者: 出間氏か
 遺構  : なし
 交通  : 弘南鉄道中央弘前駅徒歩5分


       <沿革>
           永正年間(1504〜20)から元亀年間(1570〜73)にかけて、出間氏が居城していたとされる。
          出間氏の出自については不明である。
           和徳城主和徳讃岐守の攻撃を受けて落城したとされる。讃岐守は、元亀二年(1571)に大浦
          為信によって攻め滅ぼされているので、出間館落城はそれ以前と推察される。その後の出間館
          については不明である。


       <手記>
           城跡は、現在五重塔がそびえる最勝院の境内一帯とされています。三方を土淵川に囲まれた
          小丘陵で、小城館を築くには良い地にあると思われます。
           寺院建設により遺構らしきものは見受けられません。津軽氏の弘前築城に際しては、街の南
          の防衛線として建設された寺町の東端にあたり、やはり防御の要として重視されていました。
           ここも桜の時期にはとても美しいのだろうと思います。


           
 出間館跡とされる最勝院。
最勝院遠望。 


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