萩野城(はぎの)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 萩野弥左衛門か
 遺構  : 土塁、削平地
 交通  : 津駅からバスに乗り、「萩野」下車徒歩15分


       <沿革>
           『伊勢名勝志』によれば、応永年間(1394〜1428)に北畠家臣・萩野弥左衛門が居住して
          いたとされる。萩野氏および萩野城の詳細は不明である。


       <手記>
           安濃川の左岸にある浮島のような緩やかな丘陵地帯の、最も高い峰が萩野城跡とされて
          います。南東の丘は岡本城跡と伝えられていますが、こちらは鎌倉時代初期の三日平氏の
          乱にしか登場せず、両者には約200年の隔たりがあり、併存していたことはなさそうです。
           上の地図のとおり、丘陵を切り通して縦走する広域農道から小道が付いていて、頂部には
          崩れた石塁が巡る塚状地形の上に小社が祀られています。その南側には大きな表忠碑が
          経っており、前方の尾根は曲輪状に削平されています。これが主郭で、塚状地形は櫓台とも
          考えられますが、周辺は石碑建造等に伴って地形が改変されたのか、背後がほとんど自然
          地形となっていて余りにも無防備です。
           削平地前方には虎口状の開口部があり、その脇は切岸状となっていますが、やはり遺構
          かどうかは分かりません。岡本城もどこまでが城域か不明瞭ですが、こちらも応永年間以後
          は顧みられていなかったとすれば、この程度の造作でも致し方ないのかもしれません。
           ちなみに、私は12月の初めに訪れましたが、削平地をひと歩きしただけでこれまでにない
          ほどのドロボウ草の襲撃を受けました。ズボンにびっしり取り付いた種は、小さく粘っこくて
          なかなか落ちず、その後1日苦労させられました^^;

           
 岡本城跡(右手)と萩野城跡(左手)。 
頂部の塚状地形。 
 塚状地形から前方尾根を俯瞰。
 主郭跡か。
主郭から塚状地形とその下の表忠碑を望む。 
 削平地前方の虎口状開口部。
開口部下のようす。 
 開口部脇の切岸状地形。
塚状地形背後のようす。 
自然地形が広がっていました。 


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