中尾城(なかお) | |
別称 : なし | |
分類 : 山城 | |
築城者: 井上重房か | |
遺構 : 堀切、土塁 | |
交通 : JR予讃線八幡浜駅よりバス、 「堀切大橋」バス停下車徒歩30分 |
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<沿革> 『宇和旧記』によれば、城主は井上善兵衛尉重房とされる。重房は、海賊の被害に悩ま されていたこの地に「萩森殿」によって遣わされたとあり、中尾城もこのときに築かれたと 推測される。萩森殿とは、地蔵ヶ獄城主宇都宮豊綱の弟の萩森城主宇都宮房綱のこと である。重房の派遣によって三机は安定し、住戸も増え港も繁盛したとされる。 重房はコーエーのゲーム「信長の野望」シリーズにも登場し、プロフィールには長宗我部 軍によって居城を攻め落とされたとあるが、典拠は不明である。重房が創建したとされる 三机の長養寺の墓碑によれば、重房自身は豊臣秀吉による四国平定後の天正十五年 (1587)に没したとある。廃城時期は定かでない。 <手記> 中尾城は、三机湾に臨む細い峰の突端に築かれています。城跡は持珠院となっていて、 入口に説明板と境内に標柱が建てられています。 本堂裏手に櫓台状の小高い土塁があり、その上には小さな祠があります。城内で最も 圧巻なのはその背後で、かなりの急斜面で深く断ち切られた堀切が残っています。境内 が主郭と思われますが、どの程度まで当時の地形なのかはわかりません。規模は小さい ものの、見ごたえのある城跡です。 公共交通機関の場合、道の駅瀬戸農業公園から歩いて行くこともできますが、現代人 の足にはあまりおすすめできません。また自動車の際も、大きめの車だと集落内の細い 道は通れない可能性があるので、海岸沿いに停めてから歩いた方がよいでしょう。 |
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持珠院入口の説明板。 | |
境内の標柱。 | |
持珠院本堂。 | |
境内のようす。 | |
本堂裏手の櫓台状土塁。 | |
土塁背後の堀切。 | |
城跡からの港の風景。 |