沢谷城(さわや)
 別称  : 松崎沢谷城
 分類  : 山城
 築城者: 渡辺氏か
 遺構  : 不詳
 交通  : 伊豆急行線蓮台寺駅らバスに乗り、
      「伏倉橋」下車徒歩30分


       <沿革>
           正平四/貞和五年(1349)に足利尊氏の子基氏が鎌倉に下向したころ、渡辺伊予守が
          松崎沢谷城主であったとされる。渡辺氏の出自や、沢谷城を築いたのが伊予守であった
          のかなどは不明である。
           その後の渡辺氏の動静についても定かでない。安城山城主とされる須田氏は、渡辺氏
          の代官であったといわれる。しかし、伊勢宗瑞(北条早雲)が伊豆に進出した後も、須田氏
          は存続が確認できる一方、渡辺氏の名はみられない。あるいは後北条氏の伊豆支配が
          確定するころには、渡辺氏は滅び沢谷城も廃されていたとも考えられる。


       <手記>
           海鼠壁の商家が立ち並ぶ松崎の港町背後にせり出した牛原山が、沢谷城跡といわれて
          います。正面から見るとかなり急斜面ですが、頂部は比較的緩やかです。山頂にはテレビ
          の中継局があり、そこから前方にかけての一帯は牛原山町民の森となっています。麓から
          林道が通じていて、公園の駐車場もあるので、車があれば訪れるのは容易です。
           山頂はとにかくなだらかで、通信施設になっているとはいえとくに城郭遺構らしいものは
          見当たりません。そもそも山頂からは麓の街も港も見えないので、ここに城を築くメリットが
          あるようには思えません。城があったとすれば、むしろ峰先の町民の森付近ではないかと
          推測されるのですが、こちらもやはり遺構らしい地形は見られませんでした。
           繰り返す通り、山頂はなだらかな地形が広がっているので、ここに城砦を築いたところで
          生半可な兵力では防ぎきれるものではありません。小兵力で守るなら、こんな高い山の上
          でなくても、充分な場所はほかにいくらでもあります。そもそも、沢谷城という名前からして、
          もっと低いところにあったと考えるのが妥当かと思われます。何かしらの伝承が残っている
          のでしょうが、「牛原山」にあったとしても、ここから派生するどこかの峰先あたりに築かれ
          たものとみるべきかと感じました。

           
 松崎の街から牛原山を見上げる。
山頂の通信施設。 
 先端側の牛原山町民の森。
町民の森から松崎の街を見下ろす。 


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