安城山城(あじょうやま)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 須田氏
 遺構  : 堀、削平地
 交通  : 伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺駅からバスに
      乗り、「仁科」下車徒歩20分


       <沿革>
           土豪須田氏の居城とされる。須田氏の出自は不明であるが、松崎沢谷城主渡辺氏の
          代官として、仁科郷を治めていたとされる。『豆州志稿』によれば、海名野の神明神社の
          長禄三年(1459)の棟札に「神名難分 本願須田対島頭」とあるとされ、伊勢宗瑞(北条
          早雲)の伊豆討ち入り以前から土着していたことがうかがえる。
           天正十八年(1590)の小田原の役に際し、豊臣軍は松崎に上陸した。北方の田子城
          は向井正綱によって攻め落とされているが、安城山城で攻防戦があったのか、そもそも
          そのときまで城が存続していたのかは不明である。遅くとも、同役によって廃城となった
          ものと考えられる。


       <手記>
           城山を含む一帯は「安城岬ふれあい公園」として整備されていて、駐車場もしっかりと
          用意されています。山頂までは遊歩道がついていて、とくに迷うこともないでしょう。
           主郭とみられる山頂はある程度削平されています。周囲の樹木は伐採されておらず、
          見晴らしはよくないので、公園化によるものではなく城の遺構とみてよいでしょう。東側
          は切岸を以て防御と成しているようです。
           西側へ進むと、明確な堀切が1条あり、さらにもう1つ堀状の地形が認められました。
          田子城や小松城、沢谷城など近隣の城跡にははっきり城跡と確認できるだけのものが
          なかったので、この堀が見られただけで充足感はひとしおでした笑
           おそらく、平時の居館は南東麓の公園敷地内にあったのでしょう。規模としては小さい
          ですが、西伊豆では貴重な遺構の視認できる城跡として、訪れる価値は大きいものと
          思います。

           
 南麓から城山を見上げる。
主郭のようす。 
 主郭東側の切岸状地形。
主郭西側尾根筋のようす。 
曲輪跡か。 
 堀切跡。
堀状地形 
 城山からの眺望。


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