| メレッチョ城 (Castel Mareccio) |
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| 別称 : マレッチュ城 | |
| 分類 : 平城(Niederungsburg ) | |
| 築城者: マレッチュ家か | |
| 交通 : ボルツァーノ駅から徒歩15分 | |
| 地図 :(Google マップ) | |
<沿革> 1275年に初めてその名が現れる、チロル伯マインハルト2世の家士ハインリヒ・フォン・マレッチュ が城主であったとみられている。これに先立つ1190年ごろに、ボルツァーノの平野部に「Moretes」 という字名があり、同時期にベルトルト・フォン・ボーツェンが築城に関わったとする文献もあるが、 可能性は低いとみられている。 14~15世紀にかけては所有者を転々とし、その度に城壁や銃眼が拡充されていった。1477年、 城を購入したジークムント・レーマーは、姓をレーマー・ヴォン・マレッチュに改めた。16世紀後半の ルーカス・レーマー・ヴォン・マレッチュはドイツ騎士団管区の地方長官や帝国顧問などを歴任し、 弟のクリストフ・ジギスムントはトリエステの司令官を務めた。ルーカスのもとで、マレッチュ城は ルネサンス様式の宮殿に造り変えられた。 1581年にルーカスが死去すると、未亡人マグダレナはマクシミリアン・フォン・ヘンドルと再婚し、 城も同家の所有へと移った。マレッチュ上はヘンドル家によってより瀟洒に改修されたが、1657年 にシトー派のシュタムス修道院に売却され、翌年にはトゥーンおよびホーエンシュタインの大司教 グイドバルトの手に渡った。 1851年、カール・フォン・トゥーン・ウント・ホーエンシュタインはザルンタイン伯爵夫人アンネッテ に城を売却し、1891年にはトッゲンブルク家に相続された。トッゲンブルク家は1974年まで城主で あったが、ボルツァーノ療養管理局がメレッチョ城を購入し、現在はボルツァーノ城館財団が管理 している。 <手記> ボルツァーノ旧市街北西のタルヴェーラ川沿いに建つ平城です。要害性はなく、現況は純然たる 宮殿で、かつては堀や城壁もあったのでしょうが今では失われています。 北のロンコロ城やラーフェンシュタイン城を巡った後、この日の最後に立ち寄りましたが、写真の 明るさに反して時刻は19時近くで当然ながら閉館していました。博物館ではなくイベント施設として 運営されているようで、見学も可能ながら開館は不定期だそうです。 |
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| 北西から。 | |
| 南西から。 | |