真鳥山城(まとりやま)
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 真鳥日向守
 遺構  : なし
 交通  : JR埼京線南与野駅徒歩10分


       <沿革>
           畠山重忠の家臣真鳥日向守の居城跡と伝わる。日向守は、足立郡真鳥郷に入って真鳥山城を
          築き、真鳥氏を名乗ったとされる。周辺が重忠の領地であったとする確証はないが、南西1.5q程
          のところにある金剛寺は、建久年間(1190〜98)に重忠が草創したものと伝わっている。これが
          事実であれば、真鳥山城もこの前後に築かれたものと推測される。元久二年(1205)の畠山重忠
          の乱で重忠ら畠山氏が滅んだ後の、真鳥氏と真鳥山城については不明である。
           
       <手記>
           真鳥山城は、日向不動尊一帯にあったとされています。不動尊は、鴻沼川に向かって北と東に
          落ち込む台地の先端付近にあり、真鳥山城が崖端の城跡であったことがうかがえます。
           不動尊境内には、西堀氷川神社宮司真取正二氏(故人)の書による城址石碑があります。名前
          から拝察するに真鳥氏のご子孫かとも思われますが、詳細は不明です。氏のご子息の正典氏は、
          さいたま市市議会の第8代議長を務めたそうです。
           ちなみに、現在はバス停にのみその名をとどめている真鳥山城周辺の地名「日向(ひなた)」は、
          真鳥日向守にちなむものだそうです。

           
 真鳥山城址碑。
日向不動尊。 


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